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【コラム】第62回 独立混成第118旅団歴史

前回、「豊予要塞の謎」と題してコラムを書きましたが、豊予要塞について一番詳しいと言われている「独立混成第118旅団歴史」を、今回のコロナ騒動で不要不急の外出を控えた時間を使って転記してみました。(著作権とかないですよね?)
所属砲台に必要のない記述は省略し、漢数字をアラビア数字に変えたり、元々は縦書きだったのを横書きにしたため、記載内容の一部を変更しました。
これをコピペして使うのは構いませんが、転記の際の誤字や間違いについては責任を負いませんのでご了承ください。
(これをコピペして使った場合、御一報いただけると、苦労が報われます。)
写経に通じるものがあり、精神鍛錬に役立ちました。(笑)
とは言え、この「独立混成第118旅団歴史」も戦後に作成された物であり、どのような立場の人が作成したのかも、それを証明する史料も分かりませんが、ご覧ください。

独立混成第118旅団歴史

1.(前略)芸予要塞を解体し、大正15年(1926年)8月1日、下記配備ノ豊予要塞を設立す。
要塞司令部 佐賀関町
高島第1砲台 (9cm速射カノン4門)
高島第2砲台 (30cm榴弾砲4門)
高島第3砲台 (12cm速射カノン4門) 佐賀関町高島
佐田岬砲台 (30cm榴弾砲4門)  三﨑村
丹賀砲台 (30cm砲塔(2連装)1基) 東中浦村

2.豊予要塞設立と同時に要塞地帯法の適用を受く町村、下記の如し
九州側
大分県北海部(きたあまべ)郡(現在の大分市南部、臼杵市東部、津久見市)
南海部(みなみあまべ)郡(現在の佐伯市の大部分)
四国側
愛媛県西宇和郡三崎村、神松名村(共に現在の伊方町)
同県北宇和郡日振島村(現在の宇和島市日振島)、北灘村(現在の宇和島市)、下灘村(現在の宇和島市最南の沿岸部)
同県南宇和郡内海村、西外海村、東外海村(すべて現在の愛南町)
高知県幡多郡沖ノ島村(現在の宿毛市の沖の島、鵜来島など)

3.大正15年8月1日以降は、弾薬の補給整備、弾薬庫の構築、砲台戦備等専ら戦力の充実に邁進し来れり。
戦備は陸軍築城部これを●任し、一般労力は所在地方民力を徴傭使用れせり。
平時における要塞の機構は下の如し
要塞司令部 司令官
参謀部 将校1、下士官1、雇員1
副官部 将校1、下士官2、傭人3
砲兵部 将校1、下士官4、工員5 
工兵部 将校1、下士官3、技手1、工員10  
経理部 将校1、下士官2、雇員2 
その他 各砲台及び弾薬本庫に看守として下士官各1を配置しあり。

4.昭和12年(1937年)7月、支那事変勃発し(略)、北満の備えを充実せざるべからざる実情に立到り、昭和14年(1939年)夏、下記砲台
を解体し外地に転用せらる。
高島第2砲台 (30cm榴弾砲4門) 、佐田岬砲台 (30cm榴弾砲4門)
これが撤廃のため、昭和14年夏以降における要塞配備は下記配備を縮小せらる。
要塞司令部
高島第1砲台 (9cm速射カノン4門)
高島第3砲台 (12cm速射カノン4門)
丹賀砲台 (30cm砲塔(2連装)1基)

5.前項、火砲の抽出により昭和15年(1940年)春、15cmカノン4門、野砲12門を補充せられ現地に到着す。
これにより戦備計画を更新し、司令官以下現地研究の結果、下記配備を決定す。
高島第1砲台 (9cm速射カノン4門)
高島第2砲台 (12cm速射カノン4門)
佐田岬第1砲台 (15cmカノン4門)
佐田岬第2砲台 (38式野砲2門)
丹賀砲台 (30cm砲塔(2連装)1基)
芹崎砲台 (38式野砲4門)
沖ノ島第1砲台 (38式野砲4門)
沖ノ島第2砲台 (38式野砲2門)
新たに佐田岬砲台として補給せられたる15cmカノン4門は、陸軍築城部において昭和15年春起工し、同年夏、これの竣工を見る。
野砲12門は要塞司令部兵器庫及び弾薬本庫格納保管し、戦備下令と同時に各地区に補給する如く計画す。

6.昭和16年(1941年)11月17日、要塞に警急戦備下令せられ同月22日動員計画、基く要塞司令部要員を充足し、同日、新たに佐賀関陸軍病院設立せらる。
警急戦備に応ずる重砲兵1中隊(中隊長 藤近大尉)、下関重砲兵連隊において編成せられ、11月20日、中隊長以下到着し計画に基き速吸方面たる高島及び佐田岬の配備につき、担任砲台の戦備に着手す。

7.昭和16年12月23日、準戦備下令せられ新たに下関重砲兵連隊において編成せられたる豊予要塞重砲兵連隊連隊長内藤中佐以下逐次到着し、昭和17年(1942年)1月8日、下記系統に基く配備を完了し、一意戦備に専念す。

要塞司令部  ―  佐賀関陸軍病院

重砲兵連隊本部

速吸地区隊
高島第1砲台 (9cm速射カノン4門、90cm探照灯)
高島第3砲台 (12cm速射カノン4門、200cm探照灯1)
佐田岬砲台 (15cmカノン4門、150cm探照灯1)

鶴見崎地区隊
丹賀砲台 (30cm砲塔(2連装)1基、150cm探照灯1)
芹崎砲台 (38式野砲4門)

沖ノ島地区隊
沖ノ島第1砲台 (38式野砲4門)
沖ノ島第2砲台 (38式野砲2門)
見難くてすみません。色々と試しましたが私の力ではこれが限界です。
要塞司令部の隷下には、佐賀関陸軍病院と重砲兵連隊本部があり、重砲兵連隊本部の隷下に各地区隊があります。


8.昭和17年1月11日、戦備下令以来最初の試験射撃において、丹賀砲台 (30cm砲塔)膣発事故のため、重砲兵連隊長内藤中佐(殉職と同時に大佐進級)以下16名殉職し、砲台は廃砲台となる。

9.丹賀砲台廃砲台となりたるにより、昭和17年春、津軽要塞より15cmカノン2門、伊良湖演習場より15cmカノン2門、小倉補給廠より12cm榴弾砲4門転用し受け、陣地偵察の結果、鶴見崎に装備することに決定、砲台の建設に着手し、昭和17年夏、これを完成す。(一部略)

10.昭和17年8月、要塞の編成改正行われ、当要塞は要塞司令、重砲兵連隊(本部及び5個中隊)及び佐賀関陸軍病院に縮小せられ、防衛担任地域もまた、軍事施設の現存する1町5村に縮小せらる。(中略)
編成改正後における要塞の編成及び配備、下記の如し。

要塞司令部(佐賀関町)  ―  佐賀関陸軍病院

重砲兵連隊本部(佐賀関町)
第3中隊 高島第1砲台守備隊 (9cm速射カノン2門、90cm探照灯1)
第4中隊 高島第3砲台守備隊 (12cm速射カノン4門、200cm探照灯1)
第1中隊 鶴見崎第1砲台守備隊 (15cmカノン4門、150cm探照灯1)
第2中隊 鶴見崎第2砲台守備隊 (12cm榴弾砲4門)
第5中隊 佐田岬砲台 (15cmカノン4門、150cm探照灯1)

11.前項、要塞の編成改正により削除せられたる兵力及び兵器は下記の通り抽出転用せらる。
人員 450名(関東軍に転属)
兵器 野砲8門 小倉補給廠へ。9速カ2門 大阪補給廠へ。残余の野砲4門は要塞の予備として格納保管す。

12.昭和19年(1944年)7月15日、戦時警備下令せらる。

13.昭和19年8月、西部軍よりの命令により要塞司令官は、有明湾臨時要塞建設を命ぜられ(中略)昭和20年(1945年)3月完成す。配備、下記の如し。
高崎地区
高砲台(15cmカノン3門)
低砲台(15cmカノン4門、150cm探照灯1)
枇榔(びろう)島砲台(10cmカノン2門、150cm探照灯1)
鬢垂(びんたれ)島砲台(12cm速射カノン2門、150cm探照灯1)
(ともに鹿児島県志布志湾にある島)

14.昭和19年10月、佐田岬15cmカノン4門、前項、有明湾臨時要塞に転用のため撤去す。

15.昭和20年2月、佐賀関陸軍病院は要塞の隷下を脱す。

16.要塞は任務達成上、前項15cmカノン転用に伴い、鶴見崎第2中隊(12cm榴弾砲4門)を佐田岬に配備変更に決定し、昭和20年3月、配備を変更す。

17.昭和20年2月、戦況の進展に伴い、要塞の改造強化を命ぜられ、下記配備変更を認可せられ同年3月1日より洞窟式要塞強化に着手す。

砲台名

砲種(砲数)

主線(射界)

関崎砲台

38式野砲(2門)

高島(左右各30°)

高島第1砲台

9cm速射カノン(2門)

220°(左右各30°)

高島第2砲台

38式野砲(2門)

佐田岬灯台(左右各30°)

高島第3砲台

12cm速射カノン(4門)

佐田岬灯台(左右各30°)

佐田岬砲台

12cm榴弾砲(4門)

高島(左右各30°)

鶴見崎砲台

15cmカノン(4門)

90°(左右各30°)


18.昭和20年6月、軍令陸甲第84号下令
新たに独立混成第118旅団編成せられ豊予ようさ要塞の名称を改廃せらる。重砲兵連隊は旅団の編成完結と同時に重砲兵第18連隊と称号を変更し、旅団の隷下に入らしめらる。
独立混成第118旅団の編成、下の如し。
(略)
佐賀関陸軍病院は旅団の編成完結と同時に旅団の指揮下に入る。

19.昭和20年6月10日、旅団司令部の編成を完結す。
20.(略)
21.(略)
22.(略)
23.昭和20年8月14日(ママ)、終戦の詔書喚発せらる。
以下略
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プロフィール

kan

Author:kan
酒とトリ貝刺と、南蛮漬けをこよなく愛し、全国の旧軍遺構を訪ね歩く、自他共に認める正統派の変人です。
変人ですが、「変態!」と言われると烈火の如く怒ります。

紹介する遺構の説明は正確を心がけてますが、間違いや情報があれば、是非とも教えてください。
基本、酒を飲んでブログを書いてます。文章がおかしい時は、かなり酔っていると思ってください。
また、ここで紹介する遺構は訪ねてから紹介するまでに、時間が経っている物や、すでに消失している物も有り、必ずしも現状で無い場合がありますのでご注意ください。
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