豊橋偕行社

豊橋偕行社は平成23年8月に取り壊されましたので、現在はありません。

この建物は、明治42年に皇太子行啓のための宿泊所として建てられ、その後、偕行社になった。
戦後は愛知大学短期大学部本館として使われてきたが、老朽化が進み今年度での取り壊しが決まった。
非常に残念であるが、莫大な維持費がかかるそうで、仕方ないのかとも思う。

豊橋偕行社 (8)今は使われなくなって、取り壊される時を待っている。

豊橋偕行社 (3)
1週間ほど訪ねるのが遅かったが、まだ少し桜の花が残っていた。今年度に取り壊されるのだから、
もうこの風景を見る事も出来ないだろう。
これが、最後に撮られた桜と豊橋偕行社の写真かもしれない。

豊橋偕行社 (7)
細かい所にまで、細工が施されている。

豊橋偕行社 (4)
もう、この状態。こうなってしまっては取り壊すしかないのだろう。

豊橋偕行社 (5)縁の下の通風口には、陸軍の建物でよく見られる☆印がある。

豊橋偕行社 (6)建物の裏手には、こちらも☆印の入った飾り瓦が放置されている。

豊橋偕行社
皇太子嘉仁親王殿下(後の大正天皇)お手植えの松
日にちが彫られていたけど、記録を忘れてしまった・・・

豊橋偕行社 (2)池の跡 詳細不明であるが、偕行社の庭に造られた池の可能性もある。

すでに本年度での取り壊しが決まってしまったため、一刻も早く訪ねる事をお勧めする。
また、第15師団偕行社と紹介されていたりするが、第15師団廃止後も偕行社として使用されていたと思われるために、豊橋偕行社とした。
詳しくはこちら

豊橋偕行社の場所はこちら

豊橋偕行社は平成23年8月に取り壊されましたので、現在はありません。
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No title

どうもこんばんわ(・ω・)

愛知大学の遺構に探りを入れていて、この記事に辿り着きました。
以前行ったときは、記念館と郷土資料館しか写真を撮らなかったので、別のサイトでこの偕行社を見つけたとき、こんなのもあったのかと思いましたが現存しないのですね。
愛知大学の遺構では師団長庁舎が撮影していないので、それ以外にも何か撮影対象になるものがあればと思っていたのですが…

床下の通風孔の蓋などは是非撮りたかったのですが、残念です。

Re: No title

>>Toshikazu.Tさん
残念ながら昨年の8月に取り壊された様です。
まあ、あそこまで痛んでしまったら修復は不可能でしょう。

床下の通風孔の蓋はここ以外でも見られるので、色々と探してみて下さい。
今後ともよろしくお願いします。
プロフィール

神崎 伸介

Author:神崎 伸介
酒とミル貝刺と、手羽先をこよなく愛し、日々全国の旧軍遺構を訪ね歩く自他共に認める変わり者です。

紹介する遺構の説明は正確を心がけてますが、間違いや情報があれば、是非とも教えてください。
また、ここで紹介する遺構は訪ねてから紹介するまでに、時間が経っている物も有り、必ずしも現状で無い場合がありますのでご注意ください。
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Twitter始めました。@Kanreport0726

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