高崎砲台

成ヶ島は淡路橋立と呼ばれ、成山から約2.5kmの砂洲が続いている。
その砂洲を渡ると高崎があり、そこには明治31年起工、同35年竣工の高崎砲台の遺構が残っている。
高崎砲台は、アームストロング式24cmカノン砲2門と、クルップ式24cmカノン砲6門が備えられていた。
特に南側に備えられていたアームストロング式24cmカノン砲は隠顕砲台であったと言う。
隠顕砲台とは、普段は砲座に隠れているが使う時にせりあがって来る物で、国内では高崎以外に第2海堡で採用されただけの珍しい形式である。
なお、砲台とほぼ同じ位置に幕末に造られた台場があった様で、地元の歴史研究家S氏の話では、その遺構も残っているらしい。

高崎砲台高崎には道が切り開かれており(灯台の整備用?)、砂洲から高崎に入ったすぐに貯水槽がある。
この遺構は多くの砲台で見受けられる。

高崎砲台 (13)そのまま進んでいくと、クルップ式24cmカノン砲6門が備えられていた砲座があるが、こちらも完全に破壊されている。

高崎砲台 (2)掩蔽部。写真では見難いが、写真の左端、砲座の石積みとレンガが上手く組み合わされているのがお判りだろうか?

高崎砲台 (4)こちらの掩蔽部は上記の物と違いレンガではない様だ。砲側弾庫であろうか?

高崎砲台 (12)横墻。この砲座が石積みであった事が判る。

高崎砲台 (5)高崎灯台のすぐ下付近に、石積みの壁があり階段がある。

高崎砲台 (3)そこを登ると円形の遺構がある。形状から電燈井かと思ったが、この位置に芭斯(バス)式測遠器が備えられていた様だ。芭斯式測遠器とは軍艦に備えられていた測距儀と同じ原理の物である。
さて、肝心の隠顕砲台であるが、草木が茂っており行けなかった。推測ではあるが、右砲座の場所に灯台が建っているのではないだろうか?

高崎砲台 (7)淡路島側から見た高崎砲台の全景。

高崎砲台 (11)灯台の手前に何やら石造りの建造物が見える。

高崎砲台 (10)石造りの階段(上記写真の左側の三角部分)を登ると

高崎砲台 (8)階段の先には何もないが、左手にコンクリの塀状の物がある。コンクリの質は良くないので戦争末期の物か?

この高崎砲台は、砂洲を歩いて行くしかなく往復で1時間程かかるが、我こそは言う方は、是非とも隠顕砲台の遺構を見付けて紹介していただきたい。
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Re: No title

成ケ島の砲台群を紹介していただいて感謝感激です。


高崎砲台に関しては地元の人から徹底的に壊されていて、皆目見当が立たないとまで言われていて、探検ごっこを諦めていたのですが、画像を拝見して、ぜひ行ってみたい!!と思うようになりましたが、如何せん体力の衰えの方が・・・

隠顕砲台、その字からして非常に興味がありますね。露天砲台は少々の違いはあれど、明治期の各地の要塞の備砲は大体共通していますが、隠顕砲台の数自体が少ないので、謎が多いのもワクワクする理由かもしれませんね。

日本築城史189Pによると、大正13年要塞整理によって除籍廃止となったが、これに代わって27センチカノン砲4門を東京湾要塞走水砲台より撤去して高崎に据え付け、高崎第一砲台とし、別に15センチカノン砲4門を据え付けて、高崎第二砲台とした。という記述があります。

誤記の多い築城史ですが、本当ならばなおさら興味がわいてきます。

Re: Re: No title

>>トッポ作さん
是非とも訪ねて隠顕砲台の遺構を紹介してください。

高崎砲台は要塞整理で備砲が変更になった様ですが、詳細は不明です。
ちなみに、私が所有する「日本築城史」にはP-162に記載されています。

もし、訪ねられるのなら2月がベストだと思います。これからの季節はやめた方が無難だと思います。

隠顕砲台

 アジア歴史資料センターで「由良要塞高崎砲台に砲架砲座経始修正の件」で検索してみて下さい。
 高崎砲台右翼の隠顕砲台・砲座の図面があります。
 この図面を見る限り、円形の遺構が砲座のようです。
 ちょうど現在の灯台が2門の砲座の間にあるようです。
 とすると芭斯式測遠器がどこにあったかというのが問題になりますが...。
 また、要塞整理での備砲変更で砲座を4つに改修したようで、砲台自体の形状が変更されているようです。
 結局は隠顕砲の撤去後備砲はされなかったようですが、資料がなく裏が取れません。
 「日本築城史」は、書いた人が人だけに100%信用したいのですが、ガセも多いのが難点ですね。
 すぐに現地調査に行きたいところですが、秋以降のシーズンの方が良いですかね?

高崎台場

 地元のSことヨッシーです。
 また、資料を送ろうと思いますが、高崎砲台の下半分というか、石垣の部分は幕末の「高崎台場」のものです。
 その石垣は、江戸時代初期の「由良城・成山城」のものの転用のようで、様々な刻印が見られますが、コンクリートで覆われている箇所がかなりあって残念です。
 石垣を見る限り、台場が城郭の延長線上に位置付けられるものだと断言できます。
 特に高崎は、海面から伸びるように築かれた石垣が美しく、「海城」「水城」という趣があります。
 個人的には国指定の史跡級のものだと考えています。

Re:隠顕砲台

>ヨッシーさん
隠顕砲台の図面及び、ご指摘ありがとうございます。
成山砲台からの流れで高崎砲台を紹介したのですが、事前準備を含めて調査不足であった事を認めざるを得ません。
観測所は、由良要塞?の図からそう判断しました。

今からの季節は草も覆い繁り、虫も出てくるのでお勧めはしませんが、ゴールデンウィーク迄ならどうにかなるかもしれません。
もし行かれたら、詳細を教えてください。

Re:高崎台場

>ヨッシーさん
台場を砲台に流用しているのはここだけでしょうか?
貴重な遺構ですが荒れ放題なのが残念です。十分な学術調査はなされているのでしょうか?
詳しい説明をありがとうございました。

台場転用砲台

>台場を砲台に流用しているのはここだけでしょうか?

他にもあるとは思いますが、実例を知りません。
三浦半島や房総半島、浦賀や横須賀周辺にはないですか?
このブログをご覧の方で、知っているという方がいらっしゃればお教え下さい。

>貴重な遺構ですが荒れ放題なのが残念です。十分な学術調査はなされているのでしょうか?

個人的には台場と砲台の合わせ技で国史跡指定を目指しています。
って、個人ではどうしようもありませんが。(笑)
十分な学術調査は今まで実施されていません。(多分)
『由良要塞Ⅰ』『由良要塞Ⅱ』の発行が呼び水、起爆剤になればと祈っています。
現在兵庫県教育委員会が調査報告書の作成を計画しているようです。

Re:台場転用砲台

>ヨッシーさん
台場まで調べてないので何とも言えませんが、台場そのものが砲台に流用されているのは少ないと思います。

高崎砲台は台場としては改造されている、砲台としては破壊されて原型を留めていない等と、史跡にするには難しいかも知れませんが、しっかりとした学術調査をして欲しいと思います。
プロフィール

神崎 伸介

Author:神崎 伸介
酒とミル貝刺と、手羽先をこよなく愛し、日々全国の旧軍遺構を訪ね歩く自他共に認める変わり者です。

紹介する遺構の説明は正確を心がけてますが、間違いや情報があれば、是非とも教えてください。
また、ここで紹介する遺構は訪ねてから紹介するまでに、時間が経っている物も有り、必ずしも現状で無い場合がありますのでご注意ください。
本ブログに掲載されている写真の無断使用は禁止します。

Twitter始めました。@Kanreport0726

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