高松旅順模擬要塞

高松駅の西方約2kmの西方寺の裏山に旅順模擬要塞がある。
正確に言うと旧軍遺構ではないが紹介する。

高松旅順模擬要塞
西方寺の山門

高松旅順模擬要塞 (2)
境内には、昭和30年5月に起きた連絡船紫雲丸沈没事故犠牲者の慰霊碑があり、その付近に模擬要塞への案内板がある。

高松旅順模擬要塞 (3)
模擬要塞へ向かう道。
実は模擬要塞に行ったのが4月半ばであり、繁殖期に入っていた様で何羽ものカラスが威嚇してきて、怖い思いをした。行くなら、冬場が良いだろう。

高松旅順模擬要塞 (4)
山頂付近に模擬要塞が残されている。

さて、この模擬要塞であるが、
善通寺の第11師団は、日露戦争最大の激戦と言われる旅順攻略戦に、乃木大将を司令官とする第三軍の一翼として参加した。その正面に立ちはだかったのはロシアの近代要塞で、第11師団は、4,072名の戦死者、10,259名の戦傷者という多大の犠牲を払い、この要塞を陥落させた。
 高松市の実業家、牛窪求馬(うしくぼもとめ)は日露戦争を忘れないため、明治43年、この地に旅順要塞の模造要塞を造った。(説明板より抜粋)
この模擬要塞は東鶏冠山堡塁を模しており、建造時はロシアの大砲が置かれており、弾薬庫もあった様だが現在はこの部分しか残っていない様だ。
 
高松旅順模擬要塞 (5)
この形状から堡塁の側防窖室(カポニエール)を模した物だろう。
それは説明板に、模擬要塞は幅10m長さ50mの三辺の堀で囲まれている。と書かれている事からも判る。

高松旅順模擬要塞 (6)
模擬要塞の入口

高松旅順模擬要塞 (7)
模擬要塞の内部
入口正面に有る。これは機関銃用の銃眼か?
側方には小銃の銃眼と思われる物がある。

高松旅順模擬要塞 (8)
付近に残る慰霊塔の碑
裏面には、旅順要塞攻略のために全滅した、高松地区出身部隊の英霊に捧げるために再現した。と書かれている。

旅順模擬要塞登り口(西方寺)はこちら
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プロフィール

神崎 伸介

Author:神崎 伸介
酒とミル貝刺と、手羽先をこよなく愛し、日々全国の旧軍遺構を訪ね歩く橋本環奈が大好きな正統派変人です。

紹介する遺構の説明は正確を心がけてますが、間違いや情報があれば、是非とも教えてください。
また、ここで紹介する遺構は訪ねてから紹介するまでに、時間が経っている物も有り、必ずしも現状で無い場合がありますのでご注意ください。
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