傷兵院

小田原駅から箱根登山鉄道で2駅、風祭駅のすぐ近くにある箱根病院に傷兵院の建物が残っている。
傷兵院は、明治40年に傷痍軍人救済を目的として、陸軍省が設立した。
当初は廃兵院と呼ばれ東京にあったが、昭和9年に傷兵院と改称され昭和11年、この地に移って来た。
戦後長らく、傷痍軍人の方達が療養されていたが、私が訪ねた数年前に最後の人が去っていた。
詳しい事はこちら
※この遺構を訪ねたのは2007年9月ですので、現状と異なっている可能性があります。

変換 ~ 箱根病院 (2)
本館
とんがり屋根と呼ばれ、親しまれていたらしい。

変換 ~ 箱根病院 (5)
本館正面のアップ

変換 ~ 箱根病院 (3)
本館の向かいには講堂があったが、現在は取り壊されたと聞いている。

変換 ~ 箱根病院 (7)
塀にも趣向が凝らされている。

変換 ~ 箱根病院 (8)
出入り口のアップ

変換 ~ 箱根病院 (19)
この壕は、一部で防空壕と言われているが、職員の方は温泉を引くために造ったトンネルと言っていた。

変換 ~ 箱根病院 (14)
敷地内に残る奉安殿

変換 ~ 箱根病院 (18)
謎の物件。
見てお判りだろうが、崖にせり出して造られている。
現在はベンチになっている様だが、何もこんな所にベンチを造らなくてもよいし、形状はどう見ても機銃座である。

変換 ~ 箱根病院 (23)
これは敷地の外に残っている。避難壕と思われるが、詳細不明

傷兵院の場所はこちら
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プロフィール

神崎 伸介

Author:神崎 伸介
酒とミル貝刺と、手羽先をこよなく愛し、日々全国の旧軍遺構を訪ね歩く橋本環奈が大好きな正統派変人です。

紹介する遺構の説明は正確を心がけてますが、間違いや情報があれば、是非とも教えてください。
また、ここで紹介する遺構は訪ねてから紹介するまでに、時間が経っている物も有り、必ずしも現状で無い場合がありますのでご注意ください。
本ブログに掲載されている写真の無断使用は禁止します。

Twitter始めました。@Kanreport0726

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