鳴門要塞1

鳴門要塞司令部は、門崎砲台、笹山砲台、行者ヶ嶽砲台竣工後の明治33年に設置された。
しかし、明治36年に由良要塞に合併され、以後は由良要塞鳴門地区となった。
鳴門要塞司令官は開設時より由良要塞砲兵第4大隊長が兼務していた事から考えても、最初から由良要塞傘下的な位置付けだったのだろう。

さて、この鳴門要塞であるが、遺構はほとんど残っておらず、また残っていても破壊がひどいために訪れる人も少ない。
今回も近代築城遺跡研究会が発行した「由良要塞Ⅱ」を元に遺構を紹介していく。

要塞司令部付近
鳴門要塞司令部は老人福祉センター仁尾荘の付近に有ったが、特に遺構は残っていない様だ。
また、司令部前に有った練兵場は現在ダントープロダクツ株式会社となっている。

変換 ~ 司令部付近
仁尾荘の前に有る、出征軍人の武運長久を祈る碑 昭和13年建立

変換 ~ 鳰谷川軍橋 (5)
すぐ裏には石造りの橋がある。

変換 ~ 鳰谷川軍橋 (4)
橋には鳰谷川軍橋 と彫られている。
鳴門要塞司令部付近の遺構があるのはこちら

門崎砲台
明治30年起工、明治32年に竣工した、クルップ式24cmカノン砲2門、シュナイダー・カネー式9cm速射カノン砲2門を備えた鳴門岬の先端にあった砲台である。門崎砲台は要塞整理に含まれず終戦まで使用された。
現在は観光開発で、遺構はほとんど残っていない。

変換 ~ 門崎砲台 (7)
砲台跡地は道の駅 うずしおとなって、観光スポットとなっている。
ここから見る鳴門海峡は絶景であるが、砲台跡だと気付く観光客はほとんどいないだろう。

変換 ~ 門崎砲台 (4)
これは砲座の一部だと思われる。
横墻の左端で、この先に砲座があったのではないだろうか?

変換 ~ 門崎砲台 (9)
駐車場の奥には穴が開いており、写真では判らないがレンガが見える。
これは掩蔽部入口の天井アーチ部分(穹窿と言うらしい)ではないだろうか?
なお、この遺構は埋まってしまっているのと、周りの状態から、ほぼ完全に破壊されてしまっているのではないだろうか?

変換 ~ 門崎砲台
「由良要塞Ⅱ」に、銃眼の残る石垣と紹介されている物
さて、これなのだが直感では旧軍遺構ではない。
その理由は、
1.銃眼開口部が北側(内海側)を向いている。
一番の難関である鳴門海峡を越えた後に、わざわざ敵が上陸させる事は無いだろう。
2.地形から見ても上陸に適さない。
一番上の写真を見ていただけると判ると思うが、この砲台は岬の上にあり、周りは崖である。
この場所に敵は上陸出来ないだろう。
3.敵を撃つ事が出来ない
可能性はほとんどないが、仮に敵がこの位置から上陸して来ても、崖の上の銃眼からは上がって来る敵を撃つ事が出来ない。射垜ならまだしも、射界が制限される銃眼を造る事はないと思う。
4.どう見ても新しい。
これは見た感じなので、何とも言えないが同時期に建造された砲台(堡塁)とは、明らかに違っている。
以上の理由から、これを旧軍遺構ではないと判断している。
門崎砲台の場所はこちら

笹山砲台
笹山砲台は明治30年起工、明治33年に竣工した砲台で、28cm榴弾砲が6門装備されたいたが、観光開発にあい遺構は消滅したらしい。
現在はその観光施設も閉鎖され駐車場となっているが、ほとんど使用されていない様である。
笹山砲台跡地はこちら

柿ヶ原堡塁
柿ヶ原堡塁は明治32年起工、明治34年竣工で28cm榴弾砲6門、9cmカノン砲4門、15cm臼砲4門を装備した鳴門要塞最大規模の堡塁だったと思われるが、現在はうずの丘 大鳴門橋記念館になっていて遺構はほとんど残っておらず、わずかに石積みが残るだけである。
なお、砲台研究をする者のバイブル「日本築城史」(浄法寺 朝美著)では堡塁砲台となっているが、アジア歴史資料センターで調べると、当時の文書には堡塁と書かれている。

変換 ~ 柿ヶ原堡塁 (5)
現在残る石積み
この先(写真左)に28cm榴弾砲の砲座(1砲座に2門装備)が3つ有った。

変換 ~ 柿ヶ原堡塁 (6)
現在の軍道の様子
柿ヶ原堡塁石垣の場所はこちら
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No title

「銃眼?の残る石垣の件」ですが、「昭和25~26年にはあった。」「観光地化する際に造られたものではない。」との証言を得ましたので、終戦前のものであることには間違いないようです。あの穴が銃眼であったかどうかは?ですが、砲台に付属する造営物、つまり、旧軍遺構であったと考えられます。一体何だったのでしよう?

Re: No title

>>ヨッシーさん
終戦前の物ですか!
戦争末期は飛行機の脅威があり地下施設になっているので、そうなると明治期の物でしょうかね?
石積み塀はこれだけだったのか、それとも残っているのはここだけなのか、疑問は尽きませんね。
それ以前に、なんの用途だったのか見当もつきません。

貴重な情報ありがとうございました。
プロフィール

神崎 伸介

Author:神崎 伸介
酒とミル貝刺と、手羽先をこよなく愛し、日々全国の旧軍遺構を訪ね歩く自他共に認める変わり者です。

紹介する遺構の説明は正確を心がけてますが、間違いや情報があれば、是非とも教えてください。
また、ここで紹介する遺構は訪ねてから紹介するまでに、時間が経っている物も有り、必ずしも現状で無い場合がありますのでご注意ください。
本ブログに掲載されている写真の無断使用は禁止します。

Twitter始めました。@Kanreport0726

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