佐世保鎮守府凱旋記念館 その1

長崎県佐世保市は海軍の街として知られている。
佐世保は明治22年に鎮守府が置かれて以来、常に日本の海の守りの最前線にある。
日本初の対外戦争となった日清戦争は朝鮮半島が、日露戦争では朝鮮半島と中国が主戦場となり、その後も第1次世界大戦での青島要塞攻略戦や上海事変、日中戦争など海軍の最前線基地として機能してきた。
その役割は現在も変わらず、きな臭い東シナ海の守りを請け負っている。

佐世保市文化ホールは、佐世保鎮守府凱旋記念館であった。
大正3年に始まった第1次世界大戦はヨーロッパを主戦場としていた。日本は傘下に消極的であったが日英同盟を結んでいるイギリスからの要請によりドイツに宣戦布告し、青島要塞、南洋諸島(北マリアナ、パラオ)を攻略した。
その後は、ヨーロッパへの派兵を要請されたがこれを拒否するも、再三にわたる要請によりインド洋や地中海へ海軍の派遣を行った。その際、派遣された佐世保所属の艦艇の活躍を称え、国民の寄付で大正12年に凱旋記念館が建てられ、海軍の催しに使用された。
戦後は米軍に接収され、ダンスホールや映画館に使用されていたが、昭和52年に返還された。
平成9年に国の登録有形文化財となり、平成26年3月から27年11月まで大改修が行われ、耐震工事のほかに、米軍接収時代にペンキで白く塗られた外壁が、当時の外観に戻された。
現在は佐世保市民文化ホールとして、文化、芸術の振興を図るとともに、市民の文化教養の向上のために使われている。

佐世保鎮守府凱旋記念館 (9)
正面入り口

佐世保鎮守府凱旋記念館 (10)
真正面から見る。

佐世保鎮守府凱旋記念館 (7)
正面向かって左から見る。

佐世保鎮守府凱旋記念館 (11)
左側面

佐世保鎮守府凱旋記念館 (12)
左正横から見る。

佐世保鎮守府凱旋記念館 (14)
側面を近くから見る。細かい細工が施されているのが判るだろう。

佐世保鎮守府凱旋記念館 (15)
側面出入り口付近のアップ

佐世保鎮守府凱旋記念館 (13)
佐世保駅から平瀬町経由で歩いて訪ねると、最初に見える風景

佐世保鎮守府凱旋記念館 (8)
正面の柱には、海軍のシンボルである「桜に錨」の細工がある。

佐世保鎮守府凱旋記念館の場所はこちら
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神崎 伸介

Author:神崎 伸介
酒とナマコ酢と、焼き魚(特に、タチウオ、エボダイ、ニシン)をこよなく愛し、日々全国の旧軍遺構を訪ね歩く自他共に認める、正統派の変人です。


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