陸軍沖縄北飛行場掩体壕

陸軍沖縄北飛行場と聞いてもピンと来ないだろう。この名称より、読谷飛行場と言った方が馴染みがあるのではないだろうか?
陸軍沖縄北飛行場は、昭和18年に建設が開始され、昭和19年に完成した。しかし、昭和20年4月、米軍が上陸すると占領され、米軍の飛行場として使用される。その米軍機を破壊すべく「義烈空挺隊」が、同飛行場への突入を図り、数機が成功した。この作戦は、態勢に影響を与えられなかったが、米兵の心胆を寒からしめた。
戦後は米軍の補助飛行場として使用されていたが、平成18年に全面返還された。
現在は、掩体壕が1基残っている。

読谷掩体壕 (8)
場所は特定出来ていたのだが、想像と違い茂みの中にあった。

読谷掩体壕 (1)
最近まで、この付近に3つ残っていたようだが、現在はこれだけが残る。

読谷掩体壕 (2)
掩体壕の前に建てられた、義勇空挺隊玉砕之地の碑

読谷掩体壕 (4)
形状は本土でも見られる陸軍式である。

読谷掩体壕 (5)
右から見る。

読谷掩体壕 (7)
左から見る。

読谷掩体壕 (6)
内部の様子。状態は良くないが、補強されているので崩壊は無いと思うが・・・

読谷掩体壕 (3)
弾痕が残っている。

陸軍沖縄北飛行場掩体壕の場所はこちら
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

神崎 伸介

Author:神崎 伸介
酒とミル貝刺と、手羽先をこよなく愛し、日々全国の旧軍遺構を訪ね歩く自他共に認める変わり者です。

紹介する遺構の説明は正確を心がけてますが、間違いや情報があれば、是非とも教えてください。
また、ここで紹介する遺構は訪ねてから紹介するまでに、時間が経っている物も有り、必ずしも現状で無い場合がありますのでご注意ください。
本ブログに掲載されている写真の無断使用は禁止します。

Twitter始めました。@Kanreport0726

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
FC2カウンター
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR