海軍兵学校再訪 その4 

昨年(平成27年)、新たな展示物として、サイパン島おかれていたアームストロング社(安社)製40口径6インチ砲2門が置かれた。

このアームストロング40口径6インチ砲は、日露戦争に備えて艦載砲として購入された砲で、戦艦「三笠」をはじめとして多くの艦に搭載された。
太平洋戦争においては旧式化のため、沿岸砲台として使用されたが、戦後もそのまま放置されていたのを、昭和48年に堺市議員であった加藤氏により引き上げられ、平成26年海上自衛隊第1術科学校に寄贈された。(案内板より抜粋)

安式6吋砲 (5)
1門は陸奥の砲塔と梨の主砲の間に設置されている。この場所は、通常の見学では見れない場所にあるため、これをご覧になりたい方は来年まで待つ必要あり?(もしかしたら、他にも一般公開があり、見れる可能性はある。)

安式6吋砲 (3)
正面から見る。

安式6吋砲 (4)
陸奥の砲塔と。

安式6吋砲 (2)
斜め後方から。このアングルで見ると、砲の形状がよく判る。(と、思うのだが)

安式6吋砲 (7)
真後ろから見る。

安式6吋砲 (6)
尾栓部分のアップ。1899年(明治32年)製造、製造番号12470であることが分かる。

安式6吋砲 (8)
もう1門は、教育参考館近くに置かれていて、通常の見学でも見ることができる。

安式6吋砲 (9)
横方向から見る。

安式6吋砲 (10)
この砲も斜め後方から見る。個人的に、このアングルが好きなのかもしれない・・・

安式6吋砲 (1)
この砲も明治32年年に造られ、製造番号12457である。

江田島再訪その1 (7)
砲術講堂、周りにはロープが張られ立ち入り禁止になっている。取り壊しが近いと思われる。

江田島再訪その1 (8)
教育参考館近くには、移設されたと思われる魚雷が並んでいる。以前は、陸奥の砲塔付近にあった物だと思うのだが・・・

江田島再訪その1 (9)
93式魚雷 昭和8年に開発された世界初の実用酸素魚雷。巡洋艦や駆逐艦に搭載された。(案内板から抜粋)

江田島再訪その1 (10)
92式魚雷 昭和7年、電池魚雷としては異例の大型魚雷として開発された。(案内板から抜粋)

江田島再訪その1 (11)
91式魚雷 昭和6年航空魚雷として開発された。(案内板から抜粋)
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

神崎 伸介

Author:神崎 伸介
酒とミル貝刺と、手羽先をこよなく愛し、日々全国の旧軍遺構を訪ね歩く自他共に認める変わり者です。
最近は暇があれば、YouTubeで河合奈保子の動画を観ています。奈保子ちゃん本当に可愛いです!

紹介する遺構の説明は正確を心がけてますが、間違いや情報があれば、是非とも教えてください。
また、ここで紹介する遺構は訪ねてから紹介するまでに、時間が経っている物も有り、必ずしも現状で無い場合がありますのでご注意ください。
本ブログに掲載されている写真の無断使用は禁止します。

Twitter始めました。@Kanreport0726

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
FC2カウンター
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR