呉市宮原の防空監視哨 その2

以前、呉市宮原にある防空監視哨を紹介したことがある。
その際、再訪した時に見つからなかったので壊されたかも?と書いたが、現存しているとの情報を頂き、探しに行った。
記憶していた場所とはちょっと違っていたが、ありました・・・

宮原監視哨2 (1)
左正横を見る。

宮原監視哨2 (2)
右斜め前から見る。

宮原監視哨2 (3)
正面から見る。

宮原監視哨2 (5)
左後部に出入り口がある。

宮原監視哨2 (6)
監視所の後ろには、部屋であろう空間がある。

宮原監視哨2 (7)
防空監視哨からは、呉海軍工廠造機部庁舎が見える。

呉市宮原の防空監視哨の場所はこちら
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良い写真ですね

初めて書き込みさせて頂きます。
kanさんの撮影された造機部の庁舎は、親父が昭和20年当時働いていた部署です。
自分も平成24年から父の呉海軍時代の足跡を調べているので、本当に参考になります。
その調査結果を、自費出版本(非売品)を作成し、全国の呉海軍工廠に所縁の町の図書館に寄贈して、全国の120ヵ所の図書館で読むことが出来ます。題名は、「ポツダム少尉 68年ぶりのご挨拶 呉の奇蹟」と云います。
お時間ある時に、是非とも読んでください。カラー版で、200ページの読みやすい本です。
当時の学徒動員、技師、技師士官の方にも読んで頂ければ幸いです。

Re: 良い写真ですね

>フランツさん
お褒め頂き、誠に光栄です。
呉海軍工廠に御尊父様がお勤めになられていたのですね!
ご紹介の本は是非とも拝見いたします。
この度はコメント下さりありがとうございました。

父の友人の話

kanさん
おはようございます。
早速、返信ありがとうございます。一つ父の同僚の皆様の話です。
アニメ映画「この世界の片隅に」に描かれている昭和20年6月22日(金)の大空襲(映画では、B29の大編隊が爆弾を落とす場面・ほんの数秒のシーン)ですが、呉海軍工廠の造兵エリア(魚雷実験部、製鋼部、砲熕部、電気部一部のエリア・現在の日新製鋼のエリア)が、1トン爆弾の洗礼で壊滅しました。

しかし、アメリカは、事前の詳細な偵察を行い、父の所属の造機部、造船部のエリアは、意図的に❗爆撃をしなかったのだそうです。
つまり、占領後に、艦船の修理に、密接な関係のあった父の造機部(エンジン・機関部門)・造船部(ドックエリア)は温存したのです。それで、造機部の庁舎も残ったのだ・・と云う話でした。
だからこそ、自分もこうして、ブログを書けているのかもしれませんね。(笑)
しかし、アメリカは凄い国ですね。

それと、小生の本は、第4版が最新版ですので、出来れば、第4版を御覧頂ければ幸いです。

Re: 父の友人の話

>フランツさん
横須賀は戦後、極東の海軍拠点にするため爆撃しなかったとか、その後の冷戦を見切っていたとの記述も見かけます。
軍事基地で働いて助かる人もいれば、民間工場で働いていて亡くなる人もいる、まさに運命なんですね。

はい、是非とも拝見したいと思ってます。
プロフィール

神崎 伸介

Author:神崎 伸介
酒とミル貝刺と、手羽先をこよなく愛し、日々全国の旧軍遺構を訪ね歩く自他共に認める変わり者です。

紹介する遺構の説明は正確を心がけてますが、間違いや情報があれば、是非とも教えてください。
また、ここで紹介する遺構は訪ねてから紹介するまでに、時間が経っている物も有り、必ずしも現状で無い場合がありますのでご注意ください。
本ブログに掲載されている写真の無断使用は禁止します。

Twitter始めました。@Kanreport0726

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