荒尾二造 その1

熊本県荒尾市には、東京第二陸軍造兵廠荒尾製造所、通称、荒尾二造があった。
荒尾二造は、満州事変以降は火薬消費量の増大化に伴い、火薬原料の石炭酸が入手しやすい大牟田に隣接した荒尾が選ばれた。
昭和13年に測量が開始され、 昭和17年4月頃には、工場が次々と完成して、火薬や炸薬の生産が開始された。
ここで生産された火薬類は小倉造兵廠へと運ばれ、砲弾や爆弾となった。(パンフレットから抜粋)
戦後は払い下げられ開拓地となったが、敷地内には多くの遺構が残っている。
現在、「近代化遺産 荒尾二造変電所跡等をいかす市民の会」が設立され保存運動を行っている。 
今回の荒尾訪問にあたって同会の方には大変お世話になりました。改めて御礼申し上げます。

荒尾二造その1 (9)
正門があった付近には、荒尾二造変電所跡等をいかす市民の会の方たちが建てられた記念碑がある。

荒尾二造その1 (7)
付近には衛兵詰所が残っている。

荒尾二造その1 (8)
反対から見る。

荒尾二造その1 (6)
街中のいたる所には、当時の物と思われる橋が残っている。

荒尾二造その1 (5)
排水路。これも街中のいたる所で見られる。

荒尾二造その1 (4)
最初は廃液を垂れ流していたが、公害となり排水路を通じて廃液処理施設に送られるようになった。
廃液路は腐食しない陶器で作られている。

荒尾二造その1 (11)
角田橋の歩道に、グレーチングがある。

荒尾二造その1 (10)
これを見てみると、廃液路がある。この歩道部分は、廃液路のために造られた橋である。

荒尾二造その1 (1)
自転車専用道路は、物資の運搬や職員の通勤に使われた鉄道の跡である。
舞鶴もそうであるが、鉄道跡地がサイクリングロードになっているのは多く見られる。

荒尾二造その1 (2)
こちらも鉄道跡地の自転車専用道路

荒尾二造その1 (3)
これは鉄道専用橋であった。
今回見ることが出来なかったが、ウォーキングマップにはこの付近この付近に、境界石が残っていると記載されている。

記念碑の場所はこちら
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神崎 伸介

Author:神崎 伸介
酒とミル貝刺と、手羽先をこよなく愛し、日々全国の旧軍遺構を訪ね歩く自他共に認める変わり者です。

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また、ここで紹介する遺構は訪ねてから紹介するまでに、時間が経っている物も有り、必ずしも現状で無い場合がありますのでご注意ください。
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