磐田市かぶと塚公園に残る門柱

磐田市にある、かぶと塚公園は第1航空情報連隊の跡地に作られている。
実はこれまで、第1航空情報連隊以前に、磐田に兵営があったことも知らなかった。
第1航空情報連隊は、昭和17年1月に創設され、中部第129部隊や東海第552部隊、師第552部隊と呼ばれていた。

航空情報連隊とは、要地に小人数で展開し、各個分隊毎に飛来して来た敵機の動向を逸早くキャッチし、直ちにその機種、高
度、機数、進行方向などを無線通信機によって、後方の友軍航空基地へ通報して、敵機迎撃作戦に有利な情報の提
供を任務とした部隊であった。(こちらから抜粋)
また、第二次世界大戦で重要視されたレーダーや暗号戦術に対応するために、電波警戒機部隊として日本で初めて設置さ
れた。太平洋全域の戦場に配属され、本格的な電波警戒や暗号戦術を駆使した部隊として活躍した。とも記述されている。
こちらから抜粋)

かぶと塚公園 (4)
かぶと塚公園入り口

かぶと塚公園 (2)
そこには、第1航空情報連隊の門柱が移設保存されている。

かぶと塚公園 (3)
門柱の近くに建てられている、第1航空情報連隊跡の碑

かぶと塚公園 (12)
更に体育館入り口付近にも門柱がある。

かぶと塚公園 (10)
第4航空情報連隊と書かれているが、同時に中部第129部隊とも書かれている。
中部大29部隊とは、第1航空情報連隊のことであり、第4航空情報連隊ではない。
これは第1航空情報連隊が出征後、跡地に第4航空情報連隊が創られ、戦後残っていた門柱の一つを第4航空情報連隊門柱として保存していると推測する。

かぶと塚公園 (9)
第4航空情報連隊出征之跡碑

かぶと塚公園 (5)
公園内にある古墳の上には、高射砲の基礎が残っている。

かぶと塚公園 (6)
こちらには、公園南側と運動場東側の土塁は基地時代のものと見られ、とくに東側土塁には当時の鉄条網を設置した柱や、陸軍の銘が刻まれた地境の石柱が残されています。と書かれているので、さっそく境界石を探す!

かぶと塚公園 (7)
見つけた!喜び駆け寄ると「静岡大学」の境界石・・・
結局見つけられなかった・・・

かぶと塚公園 (8)
どう見ても同じ位置なんですが・・・

かぶと塚公園 (11)
題して「虹と門柱」

かぶと塚公園第1航空情報連隊門柱の場所はこちら
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No title

先週、自分も同じ資料で訪問してきましたよ。 
タイムリーな記事でビックリしました(*'▽')
そして同じく境界石を見つけられなかったです~。 

帰りは高尾陸橋の弾痕を見てきましたよ。

Re: No title

>空母欲奈さん
返事が遅れてすみません…
同じ情報に振り回されましたか!
もしかしたら、気付きにくい場所に有ったのかも知れませんね…
私は年末に行って来ました!

高射砲基礎?

建物の基礎のように見えます。

1辺5m前後の大きさでしたら、超短波警戒機乙要地用の
受信機の小屋の基礎かもしれません。
見晴らしの良い小高地の上ですし。

中心に、四角いコンクリートの大きな塊のような基礎があると
確かなのですが、他の写真でもそれは見当たらなかったので、
監視哨の小屋の基礎なのかもしれません。


Re: 高射砲基礎?

>fatherさん
はい、そうなんですよね・・・
最初の情報で高射砲の基礎と書かれており、それを否定する知識が無かったもので・・・
部隊の性格上、レーダー関係の基礎であってもおかしくないと思います。
ご指摘、ありがとうございます。
プロフィール

神崎 伸介

Author:神崎 伸介
酒とミル貝刺と、手羽先をこよなく愛し、日々全国の旧軍遺構を訪ね歩く自他共に認める変わり者です。

紹介する遺構の説明は正確を心がけてますが、間違いや情報があれば、是非とも教えてください。
また、ここで紹介する遺構は訪ねてから紹介するまでに、時間が経っている物も有り、必ずしも現状で無い場合がありますのでご注意ください。
本ブログに掲載されている写真の無断使用は禁止します。

Twitter始めました。@Kanreport0726

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