鹿屋市大塚山の砲台

鹿屋市串良にある大塚山公園の山頂付近には、砲台陣地があった。
現時点では、この砲台が陸軍の物か、海軍の物か分からない。

串良大塚山 (5)
写真では分かりにくいが、山頂から斜面を見ると、明らかに人為的な窪みがある。

串良大塚山 (3)
降りて見てみると、コンクリートの何かが。

串良大塚山 (2)
コンクリートのアップ。穹窖(洞窟)砲台の一部だと推測するのだが・・・
砲眼があれば一目瞭然だが、埋まっているのか?

串良大塚山 (4)
山頂の建物との位置関係。

串良大塚山
当日は西風かつ、桜島が噴煙を上げていたので霞んでいるが、米軍上陸地点と推測されていた志布志湾に向いている。

これまで公開した鹿屋市に残る遺構(鹿屋市高須海岸に残るトーチカ、笠之原海軍航空基地司令部壕、笠之原海軍航空基地掩体壕、笠之原海軍航空基地弾痕のある塀、鹿屋市野里の格納壕、串良海軍航空基地通信壕、串良海軍航空基地司令部壕)は、鹿屋市雇用創造協議会の方にご案内頂きました。ありがとうございました。

鹿屋市大塚山の砲台の場所はこちら
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No title

手持ちの資料によると大塚山に布陣していたのは陸軍の重砲兵第十五聯隊第一大隊の1個中隊(二十四糎榴弾砲)の様です。
なお中隊、火砲門数は不明(4門か?)です。
同聯隊はさらに猜ヶ宇都(第二大隊、二十八糎榴弾砲×6)、金丸(第一大隊、二十四糎榴弾砲4?)、先園(第二大隊、二十八糎榴弾砲×6)と志布志湾を囲むように布陣していた様です。

Re: No title

> 盡忠報國さん
詳細な情報ありがとうございます。
終戦間際だと露天の砲台だとダメだと思うのですが、榴弾砲なら、露天砲台ですかね?
大隅半島は、じっくり調査したいですね!
もちろん、そんなお金も時間も有りませんが…

No title

重砲兵第十五聯隊の陣地4ヶ所は全て穹窖砲台で、殆どが戦後爆破されてしまった様ですが、先園には砲台が遺っているそうです。
大塚山は山頂付近にコンクリートで固めた観測所があった様なので、ご紹介の遺構はもしかしたら観測所かも知れませんね。
九州は関東と並んで敵の上陸が予測されていましたが、関東に比べると探索者も少なく、まだまだ未知の遺構が眠っていそうですね。

Re: Re: No title

> 盡忠報國さん
確かに観測所なら納得できますね。
戦争末期は素堀の砲座もあり、よく分からない物も多いですしね…
高知や鹿児島は探せばまだ沢山のトーチカや狙撃陣地が見つかりそうですね!
プロフィール

神崎 伸介

Author:神崎 伸介
酒とミル貝刺と、手羽先をこよなく愛し、日々全国の旧軍遺構を訪ね歩く自他共に認める変わり者です。

紹介する遺構の説明は正確を心がけてますが、間違いや情報があれば、是非とも教えてください。
また、ここで紹介する遺構は訪ねてから紹介するまでに、時間が経っている物も有り、必ずしも現状で無い場合がありますのでご注意ください。
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Twitter始めました。@Kanreport0726

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