三島陸軍墓地

三島駅東方、願成寺近くには旧陸軍墓地があったが、現在は慰霊碑が残るだけで墓石は残っていない。

変換 ~ 三島 073陸軍墓地の物と思われる門柱が残っている。

変換 ~ 三島 075
表札は外されている。

変換 ~ 三島 077
門柱の左側、田んぼとの境にある境界石

変換 ~ 三島 080
上記の境界石と並んでいるが、字体が違っている。

変換 ~ 三島 082
さらに門を越えて奥に進むと2つの境界石がある。

変換 ~ 三島 084
こちらも字体が違っている。

変換 ~ 三島 085陸軍墓地跡地に残されている、2つの慰霊碑

変換 ~ 三島 086平和の碑 天皇陛下御製の歌が彫られている。

変換 ~ 三島 088忠魂碑 これは遺族会が建立した物である。

変換 ~ 三島 091見ての通り、墓石は残っていない。陸軍墓地当時はどれだけの英霊が眠っていたのだろうか?

変換 ~ 三島 090陸軍墓地の一部は戦後整地され、宅地となっていると思われる。

変換 ~ 三島 070
三島駅南口にある商工会議所の裏にも境界石がある。これは移設展示されているのであろう。

三島陸軍墓地の場所はこちら
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父の足跡を探して

 15年前、病床にあった父は、私に兵隊さんが、呼んでいる」と言いながら、
86歳でこの世を去りました。この言葉は、今も私の心から離れたことはありません。定年退職になって数年。今年戦後70年。父の歩いた道を振り返ってみたいと思って年の初めに「三島・旧陸軍」と検索し、このレポートに巡り合いました。「父は、埼玉県川越市の出身です」三島は暖かくてよかったと。父の軍隊手帳の中身を怖くて読むことができませんが、今年は、開き、足跡をたどりながら、供養をしたいと思います。多くの情報を頂きましたことに心からお礼を申し上げます。
 「戦争は、悲惨だ」と言い続けた父の思いを、語り継ぎたいと思います。
                             感謝をこめて
                                                              有難うございました。

Re: 父の足跡を探して

野島さん
コメントありがとうございます。
お役に立てて嬉しく思います。
三島にいらしたと言う事は、御尊父様は砲兵だったのでしょうか?
三島の兵営は駅からも遠くないので、機会が御座いましたら、是非ともお訪ねください。
御尊父様の仰る様に、「もう2度と戦争をしてはならないと思います。」
戦争は悲惨ですが、戦争があった事は事実です。最近問題になっている、歴史認識問題は個人の考えがそれぞれ有るでしょうから、触れませんが、旧軍遺構を負の遺産と位置付けしている人はいる事には疑問を感じます。
当時は避ける事の出来なかった軍隊生活を、御尊父様がどの様な思いで過ごされたかは知る由もありませんが、ここに兵営があり、そこで過ごした人がいるという事実を紹介していきたいと思っています。
どうも、ありがとうございました。

No title

お返事を有難うございました。ここに父の戦争に従軍した足跡が記録された軍隊手帳があります。身からはなさず、持っていたのでしょうか。押しつぶされたように薄く、形も曲がっています。どのような思いでこの手帳を身に着けて軍隊生活を送っていたのかと胸に迫るものがあります。記録を見ると釜山上陸、昭和12年の日支事変に従軍しています。3回中国に行ったと言っていました。10年ほど軍隊生活のようで、外地に行かないときは、三島で砲兵として過ごしていたようです。
 父は、恩給欠格者でした。外地への履歴が数か月不足だったようで、戦後、母と結婚しても、恩給を受けることなく苦しい生活でした。(何度も申請したが、規則を越えられませんでした)今、実家にある政府(細川総理大臣)から感謝状があります。戦死した方を思えば、生きていたのだからと言えるでしょうが・・・。青春時代を自分の意志とは、関係のない戦争に巻き込まれた父の思いを考えると涙がこぼれます。富士山を背に部隊の仲間との写真や馬に乗った父の写真が残されたいます。「三島」は、暖かくよかったと言っていた三島を気候がよくなったら、訪れます。
有難うございました。                          野島康子

Re: No title

>野島さん
御尊父様は歴戦の強兵だったのですね。
戦後は御苦労なされたとのこと、規則とは言え残念です。
重砲兵連隊に所属されていたのなら、重砲兵学校にも行かれていたのでは?
重砲兵学校は横須賀市馬堀にありました。現在、遺構はほとんど有りませんが、三島に行く際には、ぜひとも足を延ばしてみてください。場所は馬堀中学校付近です。今でも塀が残っていると思います。
どちらのご出身かは分かりませんが、内陸部に比べると三島は暖かかったのでしょうね。
また、何かお判りになられたら、是非とも教えてください。
プロフィール

神崎 伸介

Author:神崎 伸介
酒とミル貝刺と、手羽先をこよなく愛し、日々全国の旧軍遺構を訪ね歩く自他共に認める変わり者です。

紹介する遺構の説明は正確を心がけてますが、間違いや情報があれば、是非とも教えてください。
また、ここで紹介する遺構は訪ねてから紹介するまでに、時間が経っている物も有り、必ずしも現状で無い場合がありますのでご注意ください。
本ブログに掲載されている写真の無断使用は禁止します。

Twitter始めました。@Kanreport0726

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