太刀洗陸軍飛行学校知覧分校

「知覧」、もちろん拙ブログをご覧いただいている方はご存じだろうが、それ以外の人でも、この地に特攻基地があった事を知っている人は多いだろう。
知覧飛行場は 昭和16年完成、太刀洗陸軍飛行学校知覧分校として、昭和19年まで訓練基地として使われていたが、戦争末期には特攻基地となった。
陸軍航空特攻者の約4割はこの知覧から出撃している。
昭和30年に特攻平和観音が建立、昭和60年には知覧特攻平和会館が建てられた。
航空だけでなく、海上特攻を含め、日本各地にあった特攻基地の中で一番有名だと言って良いだろう。
飛行場跡地にはいくつかの遺構が残っている。

知覧 (15)
まず最初に、移設された太刀洗陸軍飛行学校知覧分校の門柱がある。

知覧
右の門柱には、太刀洗陸軍飛行学校知覧分校

知覧 (2)
左には、第40教育飛行隊、西部第123部隊の表札がある。
第40教育飛行隊は、昭和19年7月から年末まで、学徒出身の特別操縦見習士官第2期生の操縦教育が行われたが、その後、菊池(熊本)、各務原(岐阜)と移動して教育を続けた。

知覧 (3)
弾薬庫。射撃訓練用の弾薬を保管していた。とは言っても、ここにすべての弾薬を保管していた訳ではなく、訓練に使用する分を保管していただけであろう。

知覧 (4)
正面を見る。

知覧 (5)
油脂庫

知覧 (6)
弾痕があり、レンガモルタル造りである事が判る。

知覧 (9)
給水塔、昭和16年に建設された。写真では判りにくいが、実際に見ると、かなり傾いている。

知覧 (7)
防火水槽、元は4つ有ったが現在は1つしか残ってない。これも、東側100mにあった物を、ここに移設した。

知覧 (8)
防火水槽の内部。

知覧 (10)
復元された三角兵舎

知覧 (11)
二十歳前後の若者が、どの様な思いで最後の眠りに就いたのかと思うと、胸が痛む。

知覧 (12)
兵舎の内には、飛行機や爆弾の部品が置かれている。

知覧 (14)
着陸訓練施設、三点着陸(主翼下の主輪と尾輪が同時に接地する着陸方法)を体得するための設備のようだ。

知覧 (13)
後方から見る。オリジナルの場所かは不明。

知覧飛行場跡地に残る遺構の場所はこちらを参照
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No title

御無沙汰しております。

着陸訓練施設の写真、驚きました。
群馬の陸軍新田飛行場跡に全く同形状の謎のコンクリ遺構があり、
長らく正体が不明だったのですが、神崎様のレポートを拝見して正体が判りました。
有り難う御座いました。

http://blogs.yahoo.co.jp/trpys563/10373924.html
http://blogs.yahoo.co.jp/trpys563/10374316.html
http://blogs.yahoo.co.jp/trpys563/10386579.html

Re: No title

>再生おじさんさん

こちらこそ御無沙汰しております。その節は大変お世話になりました。
お役にたてて何よりです!
他にも残っているんですね。
これからも、日本全国に残る遺構を紹介して下さい。楽しみにしてます♪
プロフィール

神崎 伸介

Author:神崎 伸介
酒とミル貝刺と、手羽先をこよなく愛し、日々全国の旧軍遺構を訪ね歩く橋本環奈が大好きな正統派変人です。

紹介する遺構の説明は正確を心がけてますが、間違いや情報があれば、是非とも教えてください。
また、ここで紹介する遺構は訪ねてから紹介するまでに、時間が経っている物も有り、必ずしも現状で無い場合がありますのでご注意ください。
本ブログに掲載されている写真の無断使用は禁止します。

Twitter始めました。@Kanreport0726

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