岡山陸軍墓地 その2

岡山陸軍墓地の特徴は、ほとんど(私が確認した限りでは全部)が昭和に入ってからの物である。
これは岡山に部隊が置かれたのが明治40年と日露戦後であり、昭和に入るまで本格的な戦闘に参加しなかったからだと思われる。(ただ、事故死や病死はあると思うのだが、遺族が引き取ったのか?)

岡山陸軍墓地 (9)
墓地の配置図 元々は上段から将校、下士官、兵の順であったが、最下段、さらに右手方向にも兵の墓が増設された。
また、死亡時期から、同じ段でも正面向かって右手から墓が作られた様である。

岡山陸軍墓地 (11)
兵の墓 兵の墓も下から2段目の向かって右が古く、下から2段目の左、最下段の右、左の順で新しくなっていく。
これは最下段右の墓

岡山陸軍墓地 (10)
これは最下段左の墓

岡山陸軍墓地 (13)
下士官の墓 下士官も同じく、右から古い墓が並ぶ。

岡山陸軍墓地 (14)
将校の墓

岡山陸軍墓地 (18)
最上段にある合葬碑 向かって左は、歩兵第10連隊戦病死将兵合祀之碑 昭和8年9月建立

岡山陸軍墓地 (17)
真ん中は、満州事変忠死者之碑 昭和8年3月建立

岡山陸軍墓地 (16)
右、工兵第10大隊戦病死将兵合祀之碑 昭和8年9月建立

岡山陸軍墓地 (19)
元々あった墓地の右側に増設された墓 下士官兵が混同しており、ほとんどが昭和12年に亡くなった者の墓である。

岡山陸軍墓地 (20)
かなり狭く建てられている。兵と下士官では墓石の大きさに違いがある。
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神崎 伸介

Author:神崎 伸介
酒とミル貝刺と、手羽先をこよなく愛し、日々全国の旧軍遺構を訪ね歩く自他共に認める変わり者です。

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