野砲兵第5連隊

広島城の西方には野砲兵第5連隊の兵営があった。
野砲兵第5連隊は、明治11年に広島鎮台砲兵第5大隊として創設され、明治12年、山砲兵第5大隊に、明治17年、砲兵第5連隊に改編された。
日清戦争、北清事変、日露戦争に参加し、明治44年から大正2年には満州駐劄、大正8年から9年にはシベリア出兵に参加した。
昭和に入り、日中戦争では昭和12年7月、開戦すぐに動員され、長城戦、太原攻略戦、徐州戦、広東攻略戦に参加し、昭和13年11月、青島に帰還した。
翌14年、ノモンハン事件で増援のため大連に集結するも休戦になる。南寧作戦では中国軍に包囲され窮地に陥るも、どうにか脱する。
太平洋戦争開戦ではマレー作戦に従事し、シンガポール攻略戦にも参加する。
その後は、ジャワ、西ニューギニアに展開、ケイ島、セラム島警備中に終戦を迎える。
野砲兵第5連隊の兵営も原爆で壊滅し、遺構は石碑を除いて残っていないようである。

野砲兵5連隊
広島城の北西端には、軍馬の碑がある。これは、野砲兵5連隊の物で、戦後、ここに移築されたものである。

野砲兵5連隊 (2)
碑のアップ。

野砲兵5連隊 (4)
側面には、昭和8年10月 野砲兵5連隊将兵一同建立と書かれている。 

野砲兵5連隊 (3)
兵営のあった基町小学校付近には、野砲兵第5連隊跡の碑がある。

野砲兵第5連隊軍馬の碑の場所はこちら
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神崎 伸介

Author:神崎 伸介
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