中国軍管区司令部地下作戦室、通信室

広島城内の一角、広島護国神社付近には、半地下式の中国軍管区司令部地下作戦室、通信室がある。
明治6年広島城内に、広島鎮台が設置され、その後は第5師団となった。
日中戦争、太平洋戦争で師団が出征後は、留守第5師団、広島師団、広島師管区、中国軍管区と名称、組織を変えていった。
昭和20年8月6日、広島に落とされた原子爆弾により、市街地は壊滅した。
この地下作戦室、通信室には軍人、軍属に混じって多くの比治山高等女学校の生徒たちが働いていた。
彼女たちが軍用電話を使っての報告が、広島に原爆が落とされた第一報と言われている。(説明板から抜粋)

中国管区司令部
広島護国神社の鳥居前から見える。

中国管区司令部 (3)
鳥居から向かって正面には、千羽鶴などが飾られている。

中国管区司令部 (5)
半地下式だったらしいが、今は露出している。

中国管区司令部 (6)
窓の部分

中国管区司令部 (7)
入り口部分 もちろん閉ざされている。

中国管区司令部 (8)
上部の様子

中国管区司令部 (9)
換気口であろうか?

中国管区司令部 (10)
上部の様子が判るであろう。

中国管区司令部 (2)
一部はまだ、土に埋まっている。

中国管区司令部 (4)
東側から見る。

中国軍管区司令部地下作戦室、通信室の場所はこちら
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神崎 伸介

Author:神崎 伸介
酒とミル貝刺と、手羽先をこよなく愛し、日々全国の旧軍遺構を訪ね歩く自他共に認める変わり者です。

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