赤江海軍航空基地 その1

宮崎ブーゲンビリア空港は赤江海軍航空基地であった。
赤江飛行場は昭和16年に建設が開始され、昭18年12月に完成。陸上攻撃機実用機教程練習航空隊である、宮崎航空隊が発足した。しかし昭19年8月に練習航空隊は松島に移転。
以後は実施部隊の基地となり、南九州の前線基地として、また、沖縄方面へ向かう特攻機の中継基地としても使用された。
現在は、門柱や掩体壕、弾薬庫などの遺構が残る。

悲報
いきなりではあるが、宮崎市中西町には弾薬庫と言われる遺構が残っていた。
これは、赤江飛行場防備のため、この付近に高角砲陣地があり、その弾薬庫だったようであるが、私が訪ねる数ヶ月前に取り壊されたそうである・・・
この日、最初の遺構訪問は残念な結果に終わった・・・
航空写真で場所も特定していたのに・・・

赤江弾薬庫1
現在の様子。

赤江門柱(4)
宮崎特攻基地慰霊碑の入口には、宮崎航空隊の門柱がある。

赤江門柱
入口左の門柱

赤江門柱 (3)
裏側に表札を埋め込んでいた凹みがある。

赤江門柱 (2)
もう一つの門柱。こちらにも凹みがある。この門柱はオリジナルの場所であろうか?

赤江弾薬庫1 (4)
滑走路の北西には掩体壕と弾薬庫と言われる遺構が残っている。
訪ねた順に紹介していく。
最初に見つけた弾薬庫と言われる遺構。
ここでもトラブルが・・・遺構の西側に踏切があるのだが、最近、道が新しくなったようで、ナビ通りに行ったら行き止まりになってしまった。仕方ないので迂回したら、今度はナビがパニクって、元の道に戻そう戻そうとし、完全に迷子状態に・・・
仕方ないので、車を止めたところ、偶然見つけた。

赤江弾薬庫1 (2)
かなり小さい。

赤江弾薬庫1 (3)
今は露出しているが、埋められていたと思われる。

赤江弾薬庫2 (3)
さらに北側にも弾薬庫と言われる遺構が残っている。道路からも良く見える。

赤江弾薬庫2 (4)
この遺構には窓のような開口部がある。

赤江弾薬庫2
奥にはもう一つの遺構が見える。

赤江弾薬庫2 (2)
2つの遺構の位置関係が判るだろう。

赤江弾薬庫2 (6)
反対側から見る。

赤江弾薬庫その3
もう一つの弾薬庫と言われる遺構。現在、この4つの弾薬庫が残っているようである。

赤江弾薬庫その3 (3)
入口部。

赤江弾薬庫その3 (4)
内部の様子。

赤江弾薬庫その3 (5)
付近にはコンクリート製の貯水槽と思われる物があるが、当時の物かは不明。

赤江弾薬庫その3 (2)
宮崎空港から離陸していく飛行機が見える。

宮崎航空隊門柱の場所はこちら
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消された弾薬庫

Googleのストリートビューだけは、辛うじて残っていました。

Re: 消された弾薬庫

>fatherさん
数か月、遅かったです・・・
過去にもこんな事が数度。うかうかしていたら、遺構は消えて行くんですね・・・

こんばんは。

宮崎県・・・赤江海軍航空基地跡は訪問したい場所の一つです。
状態は微妙ですが掩体壕も多く残ってますよね。
でも・・・開発等により大切な遺構が消えていくのは寂しいです・・・
わかりやすい記事ありがとうございます。訪問時の参考にさせていただきます。

Re: こんばんは。

>pearl whiteさん
掩体壕は、来週と再来週に紹介します。
探せばまだまだ遺構はあるはずですが、捜索する時間が無かったので確実な遺構だけを見て周りました。
南九州は、まだまだ新発見があると思います。
プロフィール

神崎 伸介

Author:神崎 伸介
酒とミル貝刺と、手羽先をこよなく愛し、日々全国の旧軍遺構を訪ね歩く橋本環奈が大好きな正統派変人です。

紹介する遺構の説明は正確を心がけてますが、間違いや情報があれば、是非とも教えてください。
また、ここで紹介する遺構は訪ねてから紹介するまでに、時間が経っている物も有り、必ずしも現状で無い場合がありますのでご注意ください。
本ブログに掲載されている写真の無断使用は禁止します。

Twitter始めました。@Kanreport0726

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