舞鶴海軍工廠

明治34年、舞鶴鎮守府開庁により造船廠が置かれ、2年後の明治36年に舞鶴海軍工廠に格上げとなった。
舞鶴海軍工廠の特色は小型艦艇、特に駆逐艦建造に長けており、多くのネームシップがここで設計、建造された。
大正12年鎮守府は廃止、要港部に切り換えられると海軍工廠も工作部に格下げとなったが、昭和11年、海軍工廠に復活した。
工廠はジャパン マリンユナイテッド舞鶴工場となり、多くの施設、設備が残っている。
以前にも紹介した「海軍ゆかりの港めぐり」で、それらを見る事が出来る。

舞鶴海軍工廠 (2)
ドライドック 写真中央に写っているのは大正3年完成の第3ドック、左端に写っているのが明治37年完成の第2ドックである。

舞鶴海軍工廠 (3)
地下工場と思われる遺構。同様の物が横須賀海軍工廠にも残っている。

舞鶴海軍工廠 (4)
詳細は不明だが、骨組みなどから当時の物と推測する。

舞鶴海軍工廠 (5)
こちらも詳細は不明

舞鶴海軍工廠 (6)
造船所内にはレンガ建てが何棟かあるが、詳細は不明。

舞鶴海軍工廠
この工場も、写真では見難いが基礎はレンガである。
いつもの事ながら、クオリティーの低いレポートですみません・・・
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

No title

こちらに関しても赤レンガ博物館で配布している赤煉瓦マップに詳細が乗ってます。

Re: No title

>べーさんさん
はっきりと確認できなかったので、明記を避けました。
御指摘ありがとうございます。
プロフィール

神崎 伸介

Author:神崎 伸介
酒とミル貝刺と、手羽先をこよなく愛し、日々全国の旧軍遺構を訪ね歩く自他共に認める変わり者です。
最近は暇があれば、YouTubeで河合奈保子の動画を観ています。奈保子ちゃん本当に可愛いです!

紹介する遺構の説明は正確を心がけてますが、間違いや情報があれば、是非とも教えてください。
また、ここで紹介する遺構は訪ねてから紹介するまでに、時間が経っている物も有り、必ずしも現状で無い場合がありますのでご注意ください。
本ブログに掲載されている写真の無断使用は禁止します。

Twitter始めました。@Kanreport0726

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
FC2カウンター
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR