第16師団司令部

明治38年7月に創設された第16師団は、日露戦争後の明治41年、この伏見の地に司令部を設置した。
現在、第16師団司令部庁舎は、聖母女学院本館として使用されている。

以前に訪ねた事がある人ならお判りかもしれないが、実は昨年(2009年)にリニューアルをしており、邪魔になっていた正面に植えられた樹木は他所に移植し庁舎が見やすくなっている。
しかし、老朽化の進んだ遺構は取り壊されてしまっていた。

今回の見学で貰ったパンフレットを元にこの建物を紹介していく。

16師団司令部 (20)
赤レンガ造り、銅版葺二階建ての、第16師団司令部庁舎を正面から見る。
両脇に木が植えられているので判り難いが、これが全景である。
夜間はライトアップされている。

この司令部の設計者は不明で、一説にはイギリス人に設計を頼んだとも言われているが、疑問がある。
日露戦争の戦勝国になり意気高々の日本陸軍が、同時期に建設された呉鎮守府は日本人が設計しているのに、外国人設計士を招聘したのだろうか?メンツにかけて、意地でも自分たちの力で造ろうとするのではないだろうか?

16師団司令部 (15)
屋根の部分に並ぶ丸窓は、採光を目的として設けられたドーマー(円形)窓と呼ばれている。

16師団司令部
正面中央部のアップ
この部分の屋根はマンサード屋根と呼ばれ、上部が緩勾配で下部が急勾配となっている。
さらに、2本の白い柱の頂部には渦巻き模様があるが、これは古代ギリシャの建設様式の一つであるイオニア式の石柱である。
また、柱の上方や2階の窓枠が黒っぽくなっているのがお判りだろうか?
これは戦争末期に目立たなくするため、建物を真っ黒に塗っていた名残である。
戦後、丁寧に洗浄して現在の姿にまで戻った。

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庁舎入口の前に置かれている司令部門柱の上部
これも老朽化のために、昨年取り壊された。

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司令部入口、当直室の受付窓はかなり高い位置に造られている。これは馬から降りずに文書等の受け渡しが出来る高さになっているからだ。

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入口天井の照明飾り

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エントランスのドア。これらも彫刻が施されている。

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エントランス正面にある階段
この司令部は必要最小限の改装しか行っておらず、ほぼ当時のままである。
この階段も乗馬ブーツをはいて上がり降りしやすい高さに造られている。

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階段の下は靴入れになっているが、こちらも乗馬ブーツが入れられるように大きい造りになっている。

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建物の床もほとんどが当時のままで、床にはサーベルを杖の様に使った際に出来たと思われる傷が、数多く残っている。

16師団司令部
各部屋には暖炉(マントルピース)がある。

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これら暖炉は部屋ごとに違う造形が施されている。
また、どの部屋にも廊下に出ないで隣室に行ける扉が設けられている。

16師団司令部 (7)
司令部を背後から見る。反対から見ても重厚な作りである。

この第16師団司令部は事前に申し込めば見学が出来る。
ただ、学校の都合で見学出来ない場合もあるので早めに問い合わせる事をお勧めする。

申し込みや問い合わせは聖母女学院まで。

第16師団司令部庁舎の場所はこちら
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神崎 伸介

Author:神崎 伸介
酒とミル貝刺と、手羽先をこよなく愛し、日々全国の旧軍遺構を訪ね歩く自他共に認める変わり者です。
最近は暇があれば、YouTubeで河合奈保子の動画を観ています。奈保子ちゃん本当に可愛いです!

紹介する遺構の説明は正確を心がけてますが、間違いや情報があれば、是非とも教えてください。
また、ここで紹介する遺構は訪ねてから紹介するまでに、時間が経っている物も有り、必ずしも現状で無い場合がありますのでご注意ください。
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