小倉陸軍造兵廠防空監視哨

小倉には陸軍造兵廠が置かれていた。
小倉に置かれた理由は以下の通りである。
大正12年の関東大震災により、陸軍造兵廠東京工廠は壊滅した。
震災復興より新設したほうが経済的なことから、当時の大陸政策も考慮し、関門が大陸の進出基地としての地政学的意義を負うことにより、昭和2年10月24日、小倉に工廠設置が決定し、昭和8年10月に開設した。
昭和15年4月、陸軍造兵廠本部に改組され、小倉工廠は小倉造兵廠に改称し、兵器本部の直属となった。
(案内板から抜粋)
これは推測だが、陸軍造兵廠が置かれるから師団が久留米に移った、または師団を移す代わりに陸軍造兵廠を持ってきたのではないだろうか?
現在も多くの遺構が残っており、大手町公園には防空監視哨が移設保存されている。

小倉陸軍造兵廠防空監視哨 (5)小倉陸軍造兵廠跡の碑

小倉陸軍造兵廠防空監視哨移設保存されている防空監視哨。出入り口の有る背面がこちらを向いている。

小倉陸軍造兵廠防空監視哨 (2)反対側から見る。

小倉陸軍造兵廠防空監視哨 (3)本来はこちらが正面だろう。

小倉陸軍造兵廠防空監視哨 (4)
かつて大手町公園西側の高台には、給水塔があった。
この給水塔は付近のシンボルタワーであり、保存運動も起こったが、平成7年に取り壊された。
この地に小倉陸軍造兵廠があったことを後世に語り継ぎ為に、1/6のレプリカをモニュメントとして設置されている。

小倉陸軍造兵廠防空監視哨の場所はこちら
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神崎 伸介

Author:神崎 伸介
酒とミル貝刺と、手羽先をこよなく愛し、日々全国の旧軍遺構を訪ね歩く自他共に認める変わり者です。

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