第12師団司令部門柱

小倉城内には、第12師団の門柱が残っている。
小倉における陸軍の歴史は古く、明治8年に歩兵第14連隊が置かれ、秋月の乱、萩の乱、西南戦争に参加している。
第12師団は、日清戦争後の軍拡により新設され、日露戦争、シベリア出兵に参加する。
大正14年に行われた宇垣軍縮で、第13師団(高田)、第15師団(豊橋)、第17師団(岡山)、第18師団(久留米)の廃止が決まった。第12師団の廃止は免れたが、第18師団が廃止される久留米に移転することとなり、事実上の師団廃止となり、小倉師団は無くなった。

12師団門鉄(くろがね)門跡の階段を上ると、門柱がある。場所は当時のままである。

12師団門 (8)説明板にあった当時の写真。当時は、門柱の前は坂になっていたようだ。

12師団門 (3)現在は、盛り土されて平地になっており、礎石部分は埋まってしまっている。

12師団門 (7)反対側から見る。

12師団門 (5)
門柱のアップ。ヒンジが残っている。

12師団門 (9)
付近に建てられた記念碑。師団移転後、師団庁舎は野戦重砲兵第2旅団として使われたと推測する。

12師団門 (4)門柱から奥に入った勝山公園には、大砲と砲弾が展示されている。

12師団門 (6)4年式15cm榴弾砲 詳細は不明だが野戦重砲兵第2旅団隷下部隊が使用したものか?

12師団門 (2)砲弾のアップ 

第12師団司令部門柱の場所はこちら
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神崎 伸介

Author:神崎 伸介
酒とナマコ酢と、焼き魚(特に、タチウオ、エボダイ、ニシン)をこよなく愛し、日々全国の旧軍遺構を訪ね歩く自他共に認める、正統派の変人です。


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