佐田岬第1砲台

佐田岬第1砲台観測所の先には、砲座が残っている。
先に申しあげておくが、今回のレポートは否定的になっている事をお詫びする。

佐田岬第1砲台は大正13年に起工、昭和元年(大正15年?)に竣工した、15cmカノン砲4門を装備する砲台である。
大正末期から昭和初期に作られた砲台はいくつかあるが、砲塔砲台が多く、露天砲台で私が訪れた物は、金谷砲台と、洲崎第1砲台くらいであろうか。
現場に着いてまず思ったのは、「えっ、ここ?」「違うでしょ?」であった。
まず、砲座の位置が不明である。正確に言うと、揚弾口と言われる遺構が残っているが、到底ここに備砲していたとは思えない場所に残っている。戦争末期に作った砲座なら有り得るかもしれないが、場所といい、地形といい、計画されて作った砲台とは思えない場所である。
過去に訪ねた成山第1砲台も、状態が悪かったが、それでも砲座の位置などは確認できた。しかし、ここはそれすらも確認できない。
ただ、いくら否定しても遺構が残っているので、ここが砲台だった事は間違いないのだろうが、何とも解せない・・・

佐田岬第1砲台砲座 (5)砲床かと思われる石積み。しかし、周りの感じではとても砲座とは思えない。

佐田岬第1砲台砲座 (2)揚弾口と言われる遺構。

佐田岬第1砲台砲座内部を見る。

佐田岬第1砲台砲座 (6)さて、この下に弾薬庫があるのだが、開口部がここしかない様で、揚弾、給弾と出入り口を兼ねている様である。

佐田岬第1砲台砲座 (3)弾薬庫

佐田岬第1砲台砲座 (8)至る所で見られる石積み。ただ、戦争末期ならいざ知らず、ちゃんと計画された砲台の擁壁や砲座とは思えないのだが・・・

佐田岬第1砲台砲座 (4)これは佐田岬砲台関連の遺構に見られる擁壁なので、砲台関連の物だろう。

また、軍道から砲座や給弾口までの道もはっきりしていない。本当なの?が感想である。
否定ばかりですみません!
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神崎 伸介

Author:神崎 伸介
酒とミル貝刺と、手羽先をこよなく愛し、日々全国の旧軍遺構を訪ね歩く自他共に認める変わり者です。

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また、ここで紹介する遺構は訪ねてから紹介するまでに、時間が経っている物も有り、必ずしも現状で無い場合がありますのでご注意ください。
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