佐田岬砲台正野谷桟橋

豊予要塞は大正9年、要塞整理により着手された。
この頃には大砲の射程も伸びており、豊後水道の速吸瀬戸を通峡する敵艦を攻撃するために、佐田岬、高島、鶴見崎に砲台が設置された。
この要塞が整備され、広島湾要塞、芸予要塞は廃止となった。
愛媛県西宇和郡伊方町正野には、昭和2年に佐田岬第2砲台建設用の桟橋が作られた。
この桟橋は、長さ50m(陸地部分を含めると73m)、幅5mで、24本の柱で作られており、地元では軍用桟橋と呼ばれてきた。(案内板より抜粋)

正野谷桟橋桟橋を真後ろから見る。

正野谷桟橋 (2)桟橋の全景

正野谷桟橋 (3)防波堤から見た桟橋。

正野谷桟橋 (8)桟橋の東の磯場には境界石らしきものが、まさか?とは思ったが、とりあえず見てみる。

正野谷桟橋 (4)風化していて、全く判らない。

正野谷桟橋 (5)もしかして、列線上に境界石があるかと斜面を見上げると、ビンゴ!!! 陸 の境界石があった。

正野谷桟橋 (6)
裏には防 一と書かれているが、急斜面で膝が写ってしまっている・・・

正野谷桟橋 (7)2つの境界石の位置関係。

正野谷桟橋 (10)西側から見る。桟橋の作りが良く判る。

正野谷桟橋 (9)西側にも境界石らしきものがあるが、命が惜しいので行かなかった。

正野谷桟橋案内板行き方であるが、この案内板がある道を下るとあるが、地図では、これがどこにあるか判らない・・・

正野谷桟橋の場所はこちら
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No title

おはようございます!
先日、雨の中行ったばかりなので感慨深いです。
第二砲台の迷彩跡がとてもきれいに残っていて
関心したのですが、まさか道路より下の位置に
あり、この桟橋の近くになるとは思っておらず、
場所が分からず探してしまいました。
 また、観測所跡にも向かったのですが、山を
間違って辿り着かなかったです。
 一番の心残りは、佐田岬直下の穹窖砲台跡です。
大島の方は、後方から中に入ることができるのですが
直前のブログの記事で埋まって入ることができないと
思っていたものですから、あきらめて、外観だけ見て
帰ったのですが、実際は中に入ることができるよう
でしたので、中に入らず残念でした。
 また、佐田岬といえば、関あじ・関さばの反対側
岬あじ・岬さばの海の幸が美味しいところです。
岬あじ・岬さばを味わえなかったことも心残りでした。

Re: No title

>>さすプーさん
こんにちは。
確かに佐田岬砲台は分かり難いですよね!
私は案内してもらったので行き着けましたが、案内が無いと難しいと思います。
穹窖砲台跡ですが、奥の方(いけすの奥)は、扉が閉まっていて行けませんでしたし、
灯台の下は命が惜しくて行きませんでした。
佐田岬シリーズは続きますので、ご意見をお聞かせください。
プロフィール

神崎 伸介

Author:神崎 伸介
酒とミル貝刺と、手羽先をこよなく愛し、日々全国の旧軍遺構を訪ね歩く自他共に認める変わり者です。

紹介する遺構の説明は正確を心がけてますが、間違いや情報があれば、是非とも教えてください。
また、ここで紹介する遺構は訪ねてから紹介するまでに、時間が経っている物も有り、必ずしも現状で無い場合がありますのでご注意ください。
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Twitter始めました。@Kanreport0726

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