松山海軍航空基地

松山空港はかつて、松山海軍航空基地であった。
松山海軍航空隊は、昭和18年10月に開隊した予科練の教育航空隊であった。松山空と言うと、紫電改を思い浮かべる人も多い様だが、こちらは第343航空隊で、松山空とは別物である。飛行場付近には掩体壕と、地下壕が残っている。

松山掩体壕 (4)1つ目の掩体壕 これは内部まで見れると紹介している本もあるが、急速な宅地化により付近には住宅が建てられている。

松山掩体壕 (5)そして、この掩体壕自体も住宅になっている。

松山掩体壕 (7)道路を作る際に掩体壕の端が削られているのが分かる。

松山掩体壕 (6)背後から見る。1/3はペンキが塗られていない。

松山掩体壕 (11)2つ目の掩体壕

松山掩体壕 (10)これも付近に家が建っており、全体を見るのは難しい。この掩体壕は陸軍式で、入口が飛行機の形にくり抜かれていない。

松山掩体壕 (9)横から見る。

松山掩体壕 (8)後ろから見る。掩体壕の形は海軍式で、二段構造である。

松山掩体壕3つ目の掩体壕 これも入口は陸軍式の様だ。

松山掩体壕 (2)横から見る。2つ目の掩体壕と同じ作りの様である。

松山掩体壕 (3)後ろから見る。

 紫電改愛媛県南宇和郡愛南町には、紫電改展示館があり、国内唯一の紫電改が展示されている。この機体は昭和53年に久良湾で引き上げられた物を、平和のシンボルとして展示している。

 紫電改 (2)この史料館は入場無料であるが、何せ遠い!交通の便が悪く、行くのには苦労する。
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

先々週に

 先々週、父が88ヵ所巡りのため、愛媛に行くというので、車に同乗し
松山市でレンタカーを借りて、朝から八幡浜の第一防空壕、そして
佐田岬にある第一砲台、第二砲台跡、灯台直下の砲台跡を見てから
松山の3基の援体壕を見学しました。ちょうど見てきたところですので
感慨深いです。
 ちょうどシンポジゥムがあったので、佐田岬の方はきれいに刈り込み
がしてあって、とても見学するにはみやすく、迷彩色がはっきりと確認
できました。愛南の方はまだ未踏ですが、由良半島の遺構も少し気に
なっています。
 八日市の援体壕は最近崩れてしまったそうです。

Re: 先々週に

> さすプーさん
コメントありがとうございます。
松山の掩体壕の周りは、すっかり住宅地になってしまいましたね。
佐田岬砲台に行かれたとは、かなりのマニアですね!

佐田岬砲台も紹介しますので、御笑覧下さい。

八日市の掩体壕は崩れましたか…
情報ありがとうございました。

プロフィール

神崎 伸介

Author:神崎 伸介
酒とミル貝刺と、手羽先をこよなく愛し、日々全国の旧軍遺構を訪ね歩く自他共に認める変わり者です。

紹介する遺構の説明は正確を心がけてますが、間違いや情報があれば、是非とも教えてください。
また、ここで紹介する遺構は訪ねてから紹介するまでに、時間が経っている物も有り、必ずしも現状で無い場合がありますのでご注意ください。
本ブログに掲載されている写真の無断使用は禁止します。

Twitter始めました。@Kanreport0726

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
FC2カウンター
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR