歩兵第42連隊 その2

陸上自衛隊山口駐屯地の史料館は、防長尚武館と名付けられ、事前予約なしで見学が出来る。
防長尚武館は、昭和4年、毛利公から寄贈された、総檜の武道場を使っている。

防長尚武館 (12)武道場の正面。

防長尚武館 (6)側面を見る。

防長尚武館 (4)武道場脇の建物。詳細は不明だが、一部、窓の形状から当時の物の可能性が高い。

防長尚武館
歩兵第42連隊之碑

防長尚武館 (3)
ここにも立哨小屋が移設保存されている。

防長尚武館 (8)☆マークの入った鬼瓦

防長尚武館 (5)こちらは赤瓦である。中国地方では、黒い瓦は暖かい地方で、赤い瓦は寒い地方で使われていると聞いた事がある。

防長尚武館 (2)
殉職軍馬之碑、第19代連隊長 赤松寅七書と書かれている。
赤松連隊長はと調べると、wikipediaには、第17代連隊長で在任期間は昭和7年4月~昭和9年3月となっている・・・?

防長尚武館 (7)
北支那派遣記(念?)、昭和6年12月20日から昭和7年7月21日、第5師団臨時派遣第3大隊、昭和8年1月10日竣工と書かれている。(一部、読み難いので見間違いの可能性あり)

防長尚武館 (11)
摂政宮殿下御手播(以下不明)、大正15年5月29日、昭和3年10月16日(以下不明)

防長尚武館 (9)奥から、「忠節」「礼儀」「武勇」「信義」「質素」と書かれており、軍人勅諭御下賜50周年を記念して、昭和7年1月に造られた。
軍人勅諭御下賜50周年記念の碑は、全国で見られる。

防長尚武館 (10)連隊砲として装備されていた41式山砲、これはサイパンから持ち帰った物だが、調べたところ歩兵第42連隊がサイパンに配備されてはいなかった様で、何故、山口駐屯地にあるのだろうか?
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神崎 伸介

Author:神崎 伸介
酒とミル貝刺と、手羽先をこよなく愛し、日々全国の旧軍遺構を訪ね歩く橋本環奈が大好きな正統派変人です。

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また、ここで紹介する遺構は訪ねてから紹介するまでに、時間が経っている物も有り、必ずしも現状で無い場合がありますのでご注意ください。
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