浜田射撃場

浜田市立松原小学校の南は、射撃場であった。
明治31年の地図では、浜田駅のすぐ北側、川に沿って東西に射撃レーンがあったが、大正3年の地図では松原小学校の南に、南北の射撃レーンとなり、東西のレーンは陸軍作業場となっている。
現在、射撃場、作業場とも区画は残っているものの、住宅地や商業地になっており遺構は少ない。
今回の訪問で見つけた遺構を紹介する。

浜田射撃場 (3)石積み。詳細は不明だが、戦後すぐからあったと言うのと、当時の地図と場所が一致するので、射撃場の遺構と判断する。

浜田射撃場
上記、石積みの西方には沼地があり、その西側には境界石が残っていた。
ただ、古くから付近に住む方の話では、この場所に陸軍墓地には埋葬できない(刑死した人の)お墓があったそうで、その可能性も否定できない。

浜田射撃場 (2)
浜田ビューティーカレッジ背後の斜面に残る境界石
ここで見つけた境界石は、2つともコンクリート製なので、後から設置した物だと推測する。
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神崎 伸介

Author:神崎 伸介
酒とミル貝刺と、手羽先をこよなく愛し、日々全国の旧軍遺構を訪ね歩く自他共に認める変わり者です。

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また、ここで紹介する遺構は訪ねてから紹介するまでに、時間が経っている物も有り、必ずしも現状で無い場合がありますのでご注意ください。
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