工兵第11連隊 残念なお知らせ

工兵第11連隊は、広島で編成に着手され、善通寺に転営。明治31年に新設された第11師団隷下部隊として編成完了した。
初陣は日露戦争であり、旅順攻略戦では多くの将兵を失うも目的を果たし、奉天会戦にも参加した。
日中戦争では、上海戦線に出動し、歩兵の渡河や敵陣地破壊に従事し、作戦遂行に貢献した。
この派遣は半年程で終わり凱旋したが、また、その半年後に満州移駐となり、太平洋戦争開戦後も満州警備にあたっていたが、昭和20年4月、本土決戦の為に内地に戻り、四国で終戦を迎える。
(日本陸軍兵科連隊、新人物往来社から抜粋)
兵営の跡地は保育園や郵便局、住宅になっている。

工兵第11連隊 (11)乃木神社境内には、門柱が移設されていて、工兵隊碑が建立されている。

工兵第11連隊 (12)門柱の状態は良い。

工兵第11連隊 (5)工兵連隊兵営の南西には、工兵隊作業場があり、現在は住宅地と、四国少年院になっていて、少年院内には木造の建物が残っていたが、

工兵第11連隊 (4)久し振りに訪問したら、取り壊されていた・・・

工兵第11連隊 (10)在りし日の遺構。何棟かが並んで建っていた。

工兵第11連隊 (9)建物群の一番東、敷地の南東端にあった建物。オリジナル性は高いと思われる。

工兵第11連隊 (6)各建物は、渡り廊下で繋がっていた。

工兵第11連隊(8)
さらに、工兵隊作業場の北角には「一 陸軍用地」の境界石があったが、

工兵第11連隊
根元から折れて無くなっていた・・・

工兵第11連隊(7)
工兵連隊兵営と作業場の間にある、「二 陸軍用地」の境界石。これは残っていた。

工兵第11連隊 (2)
その向かいには、「善通寺軍用」と書かれた石柱があり

工兵第11連隊 (3)
側面には「消火栓」と書かれている。

善通寺乃木神社の場所はこちら
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神崎 伸介

Author:神崎 伸介
酒とミル貝刺と、手羽先をこよなく愛し、日々全国の旧軍遺構を訪ね歩く橋本環奈が大好きな正統派変人です。

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また、ここで紹介する遺構は訪ねてから紹介するまでに、時間が経っている物も有り、必ずしも現状で無い場合がありますのでご注意ください。
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