倉敷市玉島に残る高角砲座

新幹線「新倉敷駅」の南、約2kmの山には防空砲座が残っている。
これは、水島港防衛を目的とした、海軍の高角砲座で、いつも参考にさせていただいている「高射砲陣地と防空砲台(Anti Aircraft Battery)」さんには、98式10cm連装高角砲2基が装備されていたと書かれている。

玉島高角砲 (2)砲座に向かう途中にある弾薬庫。若干埋まってはいるが、状態は良い。

玉島高角砲 (3)内部の様子。

玉島高角砲 (4)山頂付近にある東側の砲座。見ての通り、ほとんど埋まってしまっている。はっきりとは言えないが、神戸東山の砲座と同様、砲側弾庫はコンクリート製ではあるが、それ以外は素掘りではなかろうか?

玉島高角砲 (5)砲側弾庫間は石積みされていた様だが、建造途中だったのか、これで完成だったのかは不明。

玉島高角砲西側の砲座。砲床の状態は分からないが、砲座自体はコンクリートで作られている。

玉島高角砲 (6)前方から見る。若干埋まっているが、掘り起こせば砲床も綺麗に残っているのでは?

この高角砲座への登り口はこちら
砲座は、この鉄塔を挟むように東西に有る。
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No title

海軍施設のコンクリは出来がいいですね。
画像だと古いものには見えないくらいです。

陸軍の高射砲台座はもっと小さいですよね。
最近、地元にあったという高射砲陣地跡を探しているのですが手掛かりすらないです。
もう現存してないのかなあ・・・

綺麗になってる…

数年前に行った際には、半分藪状態だったのですが…。
東側の砲座の石垣は、当時は全く見えませんでした。それにしても
笹の枯葉が分厚いですね。

比較的物資豊富な海軍の事なので、どちらも同じような作りだったものが東側だけ鉄筋盗りでコンクリを剥がされ、後に畑になった際に石垣でもう一度土止めをしたのか、と推測してみます。

しかし綺麗になってますね。探索し忘れの部分も多いので、もう一度行ってみたいですが、下関からだと微妙に遠いです。

Re: No title

>けむぞうさん
高射砲座もコンクリートで造られていたら残っているでしょうが、素掘りならなんとなく判る程度ではないでしょうか?
高射砲座はいくつか見てるけど、ほとんど海軍の物かもしれません。

どちらにしましても、しっかりとした位置情報が無いと、見つける事は困難です!

Re: 綺麗になってる…

>fatherさん
確かに、貴サイトを見ると、かなり整備されましたね。

さて、砲座ですが、東側だけコンクリが剥がされているのは、腑に落ちません。
また、砲座の深さと砲側弾庫の位置も違います。鉄筋を盗るために剥がしたのなら、砲側弾庫がもっと傷付いていそうなのですが・・・
ですので、東側はこの状態で、備砲していたと思います。

No title

同じ砲台でも破壊の程度が異なっているものはあるようなのですが(光砲台 ルーラルさんのページ、上リンク)
はがしたコンクリートが見当たらないのと、はがした際の破壊面が見当たらないので、確かに説得力に欠けます。石垣がオリジナルだと、石垣と砲側弾薬庫の境界面が滑らかとなりますが、写真からどうも滑らかっぽいですし。

もう少し整備を進めて積もった笹の枯葉と内部に溜まった土を掻き出してもらるとその辺りもはっきりし、石垣がオリジナルかどうかわかればこの砲台を建築していた時期の海軍の資材困窮度も判明してくることになりますね。
砲座は2基でペアなのに、片方を造っている最中に「コンクリ切れた!」 「仕方ねぇなぁ、石垣で代用しとけ!」とか、一体何やってるのという状態ですが。

陸軍の砲座ですが、砲側弾薬庫まではコンクリでも、壁面までコンクリートのものはまだ見つけていません。砲座の残っている総牟田、足立山、石峯山、沖田はいずれも壁面は土でした。
総牟田の3式12cmですら壁面がコンクリートで無いというのは、高射砲陣地は野戦のものであり半永久的施設ではない、という方向性が陸軍の中にあったのかもしれません。

Re: No title

>fatherさん
あくまでも直感ですが、東側の砲座は壊された物ではなく、あの状態で使用されていたのだと思ってます。
一緒に砲座を掘りに行きましょうか?(笑)

さて、陸軍の砲座ですが、おっしゃる様に運用方法の思想的な違いが大きいと思います。
軍港や工廠など本拠地が決まっている海軍に対し、司令部があると言っても常に転進している陸軍は、固定陣地の概念が薄いのかもしれませんね。
実際、高射砲連隊所在地を防空していたかと言えば、そうではないですし。

東淀川の砲座は稀有な例でしょうかね?

東淀川の高射砲台

ここですね。

http://blogs.yahoo.co.jp/stec_staff/16166028.html

ここは今も残っているのでしょうか?

申し遅れましたが

私です。

Re: 東淀川の高射砲台

>ヨッシーさん
私は確認してませんが、残念ながら最近、取り壊された様です。

それは残念です

都会のど真ん中という場所柄、致し方ないのでしょうが、
インパクトのある旧軍遺構でした。

Re: それは残念です

>ヨッシーさん
本当に残念です。あの形状(月見の時にお団子を盛る盆みたいな形)の砲座は、他には無いのではないでしょうか?
本当に残念です。

No title

>東淀川

そういえばそういうのがありましたね。忘れていました。
しかも取り壊されてしまったのですか。見に行っておけばよかった。

東京と名古屋は未チェックですが、
大阪は他にも帝塚山と福崎(三十三間堀)が、同じような構造っぽいです。(影の映り方から、東淀川と同じくらいの高さ、形)
こちらで紹介のありました尼崎(橘公園)も影から高くなっていたようです(基礎の状態から、盛り土か?)
周辺に工場などが多く邪魔だったからこのような構造にしたのか?と思うものの、よくわかりません。

No title

>>一緒に砲座を掘りに行きましょうか?(笑)

行きたいです。遠いのでさすがに厳しいですが。

2年前なら岡山に住んでいたので、その時にも行っておけばよかったです。

岡山は陸奥の89式12.7cm連装高角砲がありますので、是非どうぞ(既に攻略済みかもしれませんが)

Re: No title

>fatherさん
帝塚山と福崎は残っているんでしょうかね?
話題にならない所をみると、消滅でしょうか?
街中の高射砲はなかなか残っていないので、貴重な遺構だっただけに残念です。

陸奥の高角砲の情報ありがとうございます。行こうとは思っているのですが、どうしても後回しになってしまいます。

No title

>>帝塚山と福崎は残っているんでしょうかね?

学校と工場地帯になっているので、何も残っていないと思われますが、残骸が残っているかもしれません。

大阪方面でまともに残っている高射砲陣地は、神戸の371高地と東淀川(国定)、それと京都大学天文台の南南西隣(航空写真にそれっぽいものが写っている。配置図に中隊が描かれているが、地図が曖昧で将軍塚なのかここなのか不明)の3箇所だけだったのですが。残念です。
さすがに神戸の方は削られることは無いとは思うのですが、昨今の豪雨で山ごと崩れてしまう可能性もないとはいえないわけでして…

連装高角砲は、平日限定です。
他にも色々と展示されていました。

Re: No title

> fatherさん
残骸を探しに行くのも何ですしね…
土地勘の無い場所、しかも、山には入れないですし。

福山にも、砲座があるらしいのですが、場所は不明です。

平日は仕事柄、難しいかもしれません…

No title

福山の砲座は、鞆浦の阿伏兎山森林自然公園内にあります。
山頂から東側の出口(県道251号線のヘアピンカーブ付近)へと向かう尾根筋に、南西-北東に長細い平坦地があり、そこに1基のみ7cm野戦高射砲の基礎が残っています。
場所や数、周辺の地形などから、高射砲陣地のものではないと思うのですが、何なのかはよくわかりません。
周辺に怪しい地形も色々と残っています。
私はここは鞆にあった超短波警戒機の陣地だと考えているのですが、確証らしいものがなにもありません。地元の古老の方の話でも聞けるといいのですが。

同じく鞆浦の仙酔島にも陸軍の暁部隊が居たそうで、そちらにももしかしたら砲座が残っているのかもしれません。

しつこくて申し訳ないですが

鞆浦の更に西の横島には、戦争中石油貯蔵施設があったのですが、米軍第10軍団のG-2定時レポート(WOR22759-33)には、「航空写真から横島にあると判別されていた12ヵ所の重、中、軽高射砲陣地には装備がなされていなかった。付近のカモフラージュされた地域に10基の燃料タンクとパイプラインがあり、幾つかの耐爆建築物と地下構造物とがある。」と書かれています。
これがただの見過ちで陣地も何も無いところを陣地として見ていたのか、それとも陣地はあったものの備砲がなされていなかっただけなのかは不明ですが、後者の場合、円形窪地などが残っているかもしれません。場所は不明ですが、石油施設周辺かと思われます。

Re: しつこくて申し訳ないですが

> fatherさん
詳しい情報ありがとうございます。
なかなか辺鄙な場所ですね!
基本的に、公共機関を使っての移動ですので、行けそうに無いです。

岡山近辺に何か有りますか?

No title

時間開いて申し訳ありません。

>岡山近辺に何か有りますか?

(1)新見の超短波警戒機甲の施設
新見駅から東北東、黒髪山にある青龍寺の畑に兵舎跡、黒髪山の山頂から東南に降りた斜面付近に施設跡の塹壕や平坦地が残っています。半分藪に埋もれつつありますが、一応遊歩道沿いですので、探索は容易です。ただ寺まで駅からはタクシーくらいしか無いですが。
岡山の戦跡関連の本にも詳しい話が載っています。

(2)岡山大学周辺の山に円形窪地
北側の半田山の尾根を歩いてみたところ、3つくらい円形窪地がありました。また戦跡の本によると植物園のある山の古墳跡の近くにも円形窪地があるとか。機銃座か何かかと。

(3)京山
にも何かあるらしいですが、現在遊園地跡の廃墟で未探索です。

(4)倉敷 海軍関連防空砲台
連島の7cm野高砲台跡は、砲側弾薬庫を1ヵ所だけ確認。他にもあるみたいですが。老人ホームの西側の山の中に観測所跡らしい壕と、弾薬庫?っぽい平坦地がありました。
西之浦の照空陣地は、微妙ですが円形窪地が薄っすらと。地元の方の証言は2つ以上確認しました。ヘルスピア倉敷の南東のピークです。
浦田にも照空陣地があったようですが、わかりませんでした。
天神ヶ鼻の照空陣地は、藪で遺構は確認できず。中世城郭でもあるようです。
上水島は釣り客用の渡船(数千円くらい?)で渡れるみたいですが、試していません。
妙見山(玉島黒崎?)は山には登って見たものの、遺構は確認できませんでした。東側に登山口あります。
他、東水島の山や亀山にも残っているようですが未確認です。

倉敷、沙美、民間防空監視哨
標高174mの山の、少し東の尾根付近に聴音壕が残っているようです。(倉敷の戦跡関係の本)


瀬戸大橋線で海を渡って香川に入ると、
詫間航空隊関連(防空砲台と照空陣地、防空壕は確認、他は未)
陸軍の高松飛行場、屋島飛行場
高松市街の西にある峰山公園に旅順要塞の堡塁の模型(というか1/2くらいの簡単な塹壕など)があります。
後、善通寺の駐屯地の南、象頭山の北西麓にある現在弾薬庫らしい場所に、終戦直後の航空写真だと堡塁が写っています。恐らくは演習場内の演習用堡塁だったのかと思うのですが、確認の取りようがありません。


下2冊は比較的良くまとまっています。
岡山の戦跡 岡山県教職員組合教育運動推進センター
倉敷の戦跡マップ


岡山で心残りなのは、超短波警戒機甲の岡山の陣地と、倉敷の高梁川鉄橋にあった高射砲陣地の場所がわからなかったことです。(旭川鉄橋の高射砲陣地は場所は判りましたが市街地化で全滅でした)
岡山市南部の常山が警戒機甲の陣地か?とも思ったのですが、米軍が駐屯していた他は、逓信省の超短波通信施設だったという記録があるくらいで、陸軍施設の有無までには至りませんでした。

Re: No title

father さん
詳しい情報をありがとうございます。
連島は行こうと思ったのですが、ピンポイントで場所が判らなかったので、止めました。
見切り発車で苦汁を飲んだこと、数知れずですので…
あと、コストパフォーマンスでしょうか。
交通費をかけて見る価値が有るか?です。
詫間は、砲座もあるようですので行きたいです。
メインは陸軍の兵営となりそうです。

No title

三浦半島にある砲座と比較すると、かなり粗悪な砲座ですね。

Re: No title

三浦半島にある砲座は、早い時期に計画されていたのだと思います。
やはり、首都防衛の為に優先はされているのでしょう。
建造時期の違いではないでしょうか?
プロフィール

神崎 伸介

Author:神崎 伸介
酒とミル貝刺と、手羽先をこよなく愛し、日々全国の旧軍遺構を訪ね歩く自他共に認める変わり者です。

紹介する遺構の説明は正確を心がけてますが、間違いや情報があれば、是非とも教えてください。
また、ここで紹介する遺構は訪ねてから紹介するまでに、時間が経っている物も有り、必ずしも現状で無い場合がありますのでご注意ください。
本ブログに掲載されている写真の無断使用は禁止します。

Twitter始めました。@Kanreport0726

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