木更津海軍航空隊その4

航空隊の東側は用水路の様になっており、民間地と隔てられている。
もともと木更津空は埋め立て地なので、お城の堀と同じく基地内への侵入を防ぐ目的で、敢えて埋め立てなかったのだろう。
今回公開されたエリアには4つの退避壕があった。

変換 ~ 木更津22.6.6 136
陸上自衛隊の門から、エプロンに出ないで外周に沿った道を歩くと、一つ目の退避壕がある。

変換 ~ 木更津22.6.6 135
入口の鉄扉が残っている。爆風よけは無いが、撤去されたのか、元から無かったのかは判らない。

変換 ~ 木更津22.6.6 134
中を覗くと、砲台の弾薬庫の様にかまぼこ型になっており、行き詰まりになっている。

変換 ~ 木更津22.6.6 131
この写真を見て判るように、地下壕ではなく地上で退避壕を作り、それに土を被せたようだ。
通気筒の高さから、相当の土に覆われていた物と推測する。
この壕は1つだけ設置されたいた。

さらにこの退避壕の約500m北側には、退避壕が3つ並んでいる。

変換 ~ 木更津22.6.6 068
3つ並んでいる南側の退避壕

変換 ~ 木更津22.6.6 070
鉄扉は無くなっており、内部には水が溜まっている。中には入らなかったが特に部屋などは無く、両端に入口があるだけの様だ。

変換 ~ 木更津22.6.6 067
真ん中の退避壕。通気筒が2本あり形状も違っている。

変換 ~ 木更津22.6.6 065
爆風よけがある入口は他の壕と違い曲がっていて、鉄扉が2つ設けられている。
その事から、指揮所または士官用の退避壕と推測する。

変換 ~ 木更津22.6.6 054
一番北側の退避壕

変換 ~ 木更津22.6.6 056
壕入口の爆風よけは倒れてしまっている。

変換 ~ 木更津22.6.6 055
反対側は土に埋まっている。
当時は土が盛られていたので、もちろん松の木は無かっただろうが、当時はこんな感じだったのだろう。

変換 ~ 木更津22.6.6 075
南側から見た、3つの壕の位置関係。

今回見たのは4つであるが収容できる人数はわずかであるため、飛行場には、まだたくさんの退避壕があっただろう。
それらがいくつ残っているかは不明である。

3つ並んだ退避壕の場所はこちら

つづく
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退避壕

木空の更新楽しみに見せていただいてます。

すべて手造りなせいもあり、様々な形がありましたね。
自分は管制塔の裏手に5基、滑走路北側に大型の物を4基確認しています
流石に海側は掩体を5~6基見ただけで、退避壕は分かりませんでした。

No title

〉yakumoさん
情報ありがとうございます。
もう一度行かないとなりませんね。
とっさに退避するために、あちこちに退避壕が造られていたはずですから、見えない場所にも有るのでしょうね。
これからも拙ブログをよろしくお願いいたします。
プロフィール

神崎 伸介

Author:神崎 伸介
酒とミル貝刺と、手羽先をこよなく愛し、日々全国の旧軍遺構を訪ね歩く自他共に認める変わり者です。

紹介する遺構の説明は正確を心がけてますが、間違いや情報があれば、是非とも教えてください。
また、ここで紹介する遺構は訪ねてから紹介するまでに、時間が経っている物も有り、必ずしも現状で無い場合がありますのでご注意ください。
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Twitter始めました。@Kanreport0726

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