騎兵第24連隊 覆馬場

騎兵第23連隊の西側には、騎兵第24連隊が兵営を置いていた。現在は覆馬場が1棟残っている。
騎兵第24連隊は明治42年に騎兵第23連隊と共に創設され、昭和10年9月、騎兵第23連隊と共に満州に移駐した事は、前回も書いた。こちらも、その後帰国することなく、昭和20年1月の改編に伴い、連隊は独立歩兵第569大隊となり、同年7月の第2次改編で歩兵第368連隊第2大隊となる。
なお、騎兵第23連隊及び24連隊は、満州で国境警備や匪賊掃討などを行ったが、大規模な戦闘行動には参加していない。
元首相である田中 角栄は、昭和14年に当連隊に入営したが、その時は満州に移駐していたので盛岡の兵営では生活していない。
また、私事ではあるが、私の祖父は、昭和9年11月に騎兵第24連隊第2中隊に入営し、満州移駐までの約1年を、この兵営で過ごしている。
(今回もこちらのHPを参考にさせていただいた)

騎24覆馬場 (8)最近まで、3棟の覆馬場が残っていた様だが取り壊され、現在はこの1棟のみ残っている。

兵営図
当時の地図(明治44年測図) 騎兵営の西側が騎兵第24連隊の兵営であった。この覆馬場も記載されている。
(著作権の関係上、この大きさでしか掲載できません。)

騎24覆馬場 (5)西側からの眺め。今回、「盛岡ふれあい覆馬場プラザ」として再利用するために、かなりの改装が行われた。

騎24覆馬場 (6)南側側壁。こうやって見ると、なかなか趣があるのだが・・・

騎24覆馬場東側からの眺め。「何でこんな風になったのか?」と言うよりは、「よくぞ保存してくれた!」と言うべきだろう。

騎24覆馬場 (2)現在は、「盛岡ふれあい覆馬場プラザ」として平成24年6月に開館し、市民の集いの場となっている。

騎24覆馬場 (10)夏祭りやフリーマーケット、産直品の販売などが行われている様だ。

騎24覆馬場 (3)内部の様子。骨組などは当時のままだと思う。

騎24覆馬場 (4)
中は土のままで、サッカーゴールが置かれていた。

騎兵第24連隊覆馬場の場所はこちら
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覆馬場

覆馬場立派になりましたねぇ。
ここまで到達するに紆余曲折ありましたから、感慨深いものがあります。

盛岡は文化財にある程度予算を投じているので、羨ましく見えます。

Re: 覆馬場

>>tigerさん
ここまでの経緯が判らないので何とも言えませんが、そうですか!
いろいろ有ったんですね。
行って良かったです。

No title

こんばんは。
探索お疲れ様です。
何やら奇異な雰囲気ですが他の2棟が破壊された事を思えば、保存活用されて良かったのでは無いでしょうか。
何でも壊して建て替えるのではなく、価値ある遺構を何とか活用していってもらいたいものです。

Re: No title

>>盡忠報國さん
これで取り壊される心配はなくなったと思います。
財政的な事(修復費や維持費)を考えると、1棟が限界だったのでしょうね。
残してもらって感謝です。
プロフィール

神崎 伸介

Author:神崎 伸介
酒とミル貝刺と、手羽先をこよなく愛し、日々全国の旧軍遺構を訪ね歩く自他共に認める変わり者です。

紹介する遺構の説明は正確を心がけてますが、間違いや情報があれば、是非とも教えてください。
また、ここで紹介する遺構は訪ねてから紹介するまでに、時間が経っている物も有り、必ずしも現状で無い場合がありますのでご注意ください。
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