木更津海軍航空隊その1

木更津海軍航空隊は、付近の海を埋め立てて昭和11年4月に開隊された陸攻部隊である。
木更津空の名を一躍有名にしたのは、昭和12年8月に行われた渡洋爆撃で、木更津空の陸攻は長崎の大村基地から20機が出撃し、東シナ海をを越えて南京を爆撃し4機を失うも、済州島に帰還している。
翌16日には済州島から9機が出撃し、蘇州を爆撃した。(Wikipedia参照)

この世界に類を見ない長距離爆撃に国民は狂喜し、荒鷲の歌などが発表された。

現在、木更津空跡地は陸上自衛隊第1ヘリコプター団と、海上自衛隊航空補給処が駐屯している。また、航空自衛隊も駐屯しているが同一地ではない。
本日、その陸上自衛隊の航空祭に行ってきた。

変換 ~ 木更津22.6.6 010
陸上自衛隊の門の前には、木更津海軍航空隊の隊門が残っている。

変換 ~ 木更津22.6.6 008
右側の門柱

変換 ~ 木更津22.6.6 006
表札は取り外されているが、その跡はしっかり残っている。

変換 ~ 木更津22.6.6 007
両方の門柱には、鎖をかけたのだろうか?フックが残っている。
開隊当時の隊門の模様はこちら

変換 ~ 木更津22.6.6 255
陸上自衛隊の門をくぐると、木更津航空神社が残されている。(ピンボケ無念、いずれ撮り直してこっそり代えます)

変換 ~ 木更津22.6.6 256
木更津航空神社の説明板

変換 ~ 木更津22.6.6 258
荒鷲の碑

変換 ~ 木更津22.6.6 257
荒鷲の碑の説明板

変換 ~ 木更津22.6.6 250
昭和天皇行幸記念碑
裏面には、昭和13年8月11日行幸の文字と、当時、第1海軍連合航空隊司令官である 海軍少将 戸塚道太郎僅書の文字が記されている。

変換 ~ 木更津22.6.6 254
行幸記念碑の説明板

木更津海軍航空隊門柱の場所はこちら                            
                                                                   つづく


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神崎 伸介

Author:神崎 伸介
酒とミル貝刺と、手羽先をこよなく愛し、日々全国の旧軍遺構を訪ね歩く自他共に認める変わり者です。

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