名古屋陸軍兵器補給廠 関ヶ原分廠 その1

天下分け目の戦いで知られる関ヶ原には、陸軍の火薬庫があった事はあまり知られていない。
この火薬庫の正式名称は、「名古屋陸軍兵器補給廠 関ヶ原分廠」と言うらしく、大正3年に開設され、周囲は6km、面積は約450ヘクタールあった。(案内板より抜粋)
これらの遺構は鍾乳洞付近に残っており、簡単に訪ねる事が出来る。

関ヶ原 (3)関ヶ原駅方面から、鍾乳洞に向かって行くと、右手に門柱がある。

関ヶ原これが、名古屋陸軍兵器補給廠 関ヶ原分廠の正門だった様である。

境界石 (2)門柱付近にある小道に入ると、柵の支柱らしきコンクリ柱と石柱がある。

関ヶ原 (20)
石柱を見ると「陸軍境」と彫られている。「陸軍境」とは初めて見たと思うのだが・・・?

関ヶ原 (22)
道路を挟んだ反対側にも、同じく「陸軍境」の境界石があった。
火薬庫の境界を調べて調査すれば、相当数の境界石が残っていると思われる。

名古屋陸軍兵器補給廠 関ヶ原分廠門柱の場所はこちら
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まとめtyaiました【名古屋陸軍兵器補給廠 関ヶ原分廠 その1】

天下分け目の戦いで知られる関ヶ原には、陸軍の火薬庫があった事はあまり知られていない。この火薬庫の正式名称は、「名古屋陸軍兵器補給廠 関ヶ原分廠」と言うらしく、大正3年に

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神崎 伸介

Author:神崎 伸介
酒とミル貝刺と、手羽先をこよなく愛し、日々全国の旧軍遺構を訪ね歩く自他共に認める変わり者です。

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