松本陸軍墓地

護国神社の北にある美須々公園には戦後、陸軍墓地が移転して納骨堂に遺骨が納められている。

忠魂碑
途中で見つけた忠魂碑 東郷平八郎の揮毫である。

松本陸軍墓地 (5)納骨堂の全景。もちろん、この納骨堂は戦後の物だろう。

松本陸軍墓地納骨堂のアップ

松本陸軍墓地 (2)
この燈篭は昭和11年9月、歩兵第50連隊によって建立された。

松本陸軍墓地 (3)燈篭と合葬碑 この燈篭は昭和9年4月、愛国婦人会松本市分会によって建立された。この燈篭と合葬碑は戦後、移転した時に組み合わされた物かもしれない。

松本陸軍墓地 (4)
合葬碑 こちらは昭和19年4月建立であるが、金沢師団経理部長の揮毫の様だが、
何故に金沢師団の経理部長なのだろうか?

松本陸軍墓地 (6)旧陸軍墓地はここに有った様だが、付近に遺構は見付けられなかった。

美須々公園の場所はこちら
旧陸軍墓地の場所はこの付近だったらしい
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No title

トッポ作の居住地(愛媛県、しまなみ街道起点)にも市営墓地入口に立派で荘厳な忠霊塔があり、道を挟んだ区画に軍人を中心に祀った墓地群があります。

しかし、Kanレポートに載っているような軍人墓地ではないようで、ご遺族の方々が区画内に個人で建立したもののようです。

墓石の裏面を拝見すると、多士済々の英霊が奉られていますが、ご遺族の御高齢を考えた時、ふと心配になってきます。

関係者の子孫等が当地に居住していれば、お祀りし続けること可能でしょうが、途絶えたり遠方に移られたりして、お祀りができなくなった墓石のことを思うと・・。

もしかすると無縁墓地も地元遺族会の方々のご尽力で、今までもお祀りができているのかもしれません。

公的な忠霊塔とは違いますので(これとて一部の民主的平和市民団体等からは支出差止訴訟等ありますが)、行政の支援は困難かと思いますが、何らかの形で英霊をお祀りし、後生に伝えていく必要を感じているところです。

Re: No title

>>トッポ作さん
甲府や宇都宮も護国神社内に陸軍墓地が残っていると聞き訪ねたのですが、戦後に忠霊堂(納骨堂)が移設されたものでした。
全国の戦友会や遺族会も高齢のために活動が出来なくなっていると聞きます。
おっしゃる様に、祖国に命を捧げた人の慰霊は国の責任で行うものだと思います。
プロフィール

神崎 伸介

Author:神崎 伸介
酒とミル貝刺と、手羽先をこよなく愛し、日々全国の旧軍遺構を訪ね歩く自他共に認める変わり者です。
最近は暇があれば、YouTubeで河合奈保子の動画を観ています。奈保子ちゃん本当に可愛いです!

紹介する遺構の説明は正確を心がけてますが、間違いや情報があれば、是非とも教えてください。
また、ここで紹介する遺構は訪ねてから紹介するまでに、時間が経っている物も有り、必ずしも現状で無い場合がありますのでご注意ください。
本ブログに掲載されている写真の無断使用は禁止します。

Twitter始めました。@Kanreport0726

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