東京第二陸軍造兵廠岩鼻製造所 その1 群馬の森

群馬県高崎市の東部にある公園「群馬の森」の一帯は、かつては陸軍の火薬製造所があった。その歴史は古く、明治15年11月、黒色火薬の製造を開始している。当時陸軍には東京の板橋に火薬製造所があったが、増産が必要となり、建設地を探した結果、岩鼻が選ばれた。その理由としては、烏川と井野川に沿って舟運の便がよく、水車の動力も得やすいことが挙げられる。
最初は「東京砲兵工廠岩鼻火薬製造所」と称していたが、大正12年4月に「陸軍造兵廠火工廠岩鼻火薬製造所」となり、昭和15年4月には「東京第二陸軍造兵廠岩鼻製造所」と変わっている。
この間、明治38年には日本で初めてダイナマイト製造を開始し、従来の黒色火薬と併せて、軍用火薬、民間用の産業火薬の生産、供給を行ってきた。
(高崎市HP たかさき100年「第22回岩鼻火薬製造所と軽便鉄道」から引用)

東京第二陸軍造兵廠岩鼻製造所跡地は、群馬の森だけでなく、日本化薬株式会社高崎工場、日本原子力研究所高崎研究所となっている。

群馬の森群馬の森から、日本化薬を見る。今回、日本化薬構内の見学を申請したが、見学は無理との事だったが、群馬の森や周辺道路から構内を自由に見ても良いとの答えだったので、そうさせていただいた。
橋や奥の建物は、東京第二陸軍造兵廠岩鼻製造所当時の物であろう。

群馬の森 (2)塀越しに写した遺構と思われる建物。

群馬の森 (3)土塁に造られた交通用のトンネル。

群馬の森 (4)群馬の森と日本化薬の境界付近にある建物。残念ながら、立ち入り禁止になっていて、これ以上は近づけない。

群馬の森 (6)こちらも立ち入り禁止になっていて、これ以上、近づく事が出来ない。

群馬の森 (5)アップの画像。

群馬の森 (8)こちらは、ここで製造された火薬が、炸薬として使われた時の弾道を計測する際、風などの影響を無くすためのトンネルだと思われる。

群馬の森 (7)同様のトンネルが板橋にも残っている。

群馬の森 (10)今回、群馬の森内で見つけた唯一の建物。

群馬の森 (9)その脇には、コンクリート製のトンネルがあるので、弾道計測関連の建物だろうか?

群馬の森 (11)群馬の森内は、多くの土塁で区切られていて、見通しは良くない。見逃している遺構があるのかもしれない。
群馬の森の場所はこちら
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神崎 伸介

Author:神崎 伸介
酒とナマコ酢と、焼き魚(特に、タチウオ、エボダイ、ニシン)をこよなく愛し、日々全国の旧軍遺構を訪ね歩く自他共に認める、正統派の変人です。


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