陸軍士官学校

先日、趣味の一つであるボクシングのサイトを見ていたら、座間基地でボクシングのタイトルマッチが有り入場無料との事だったので、「米軍基地だったら旧軍の施設だったかもしれない、せっかくなら何が遺構があれば良いな~」くらいのノリで、沿革を調べた。

全く知らなかったが、陸軍士官学校が昭和12年に市ヶ谷からここに移転していたのだ。
陸軍士官学校は市ヶ谷にある物だと思っていた。
急いでネットで調べても、あまり情報が無かった。(後から調べたら、いくつか有ったが)

当日、日本人従業員の方に何か遺構が無いか聞いても「全くありません」との答え。

それと陸軍気質なのだろうか?入場の際に、荷物検査や金属探知機を使ったボディーチェックを受けたが、入場してからは野放状態。(これは、我が国の陸軍(陸上自衛隊)にも言える)
立ち入り禁止のロープやテープなど一切無い。
それどころか警戒員が少ないのは、海軍(横須賀)や空軍(横田)と違い、後方部隊であり、重要な機器や装備が無いからだろうか?
今回、基地公開のメインが、特設ステージでの野外コンサートと、ボクシングのタイトルマッチである事も関係しているのかもしれない。

基地内に入って少し歩けば、確証は無いが、遺構と思える建物が沢山ある。(あくまでも直感だが)
どこまで立ち入って良いのか判らなかったけど、近くにいる人に聞いたら「中には入れないけど、外から見るのは良いですよ」、写真も「どうぞ」って答えだったので公開しても大丈夫だと判断する。
まず、確実に陸軍士官学校の遺構と判明している物を紹介する。

陸軍士官学校相武台碑 
こちらの入口から入場するとすぐに、相武台碑がある。説明板によると、昭和12年12月20日に昭和天皇がこの地を「相武台」と御命名されたのを記念して、昭和14年に建立された。ただ、裏面の碑文には、昭和15年8月20日と彫られている。
こちらのサイトに詳しく書かれている。
また、後ろに移っている建物は、窓の形状などから士官学校の遺構だと推測するが、「碑を撮った時に写ってしまうのは構わないが、建物自体は撮らないで」との事だった。

陸軍士官学校 (6)大講堂 現在はシアターになっている。
こちらのサイトに士官学校時代の写真が載っている。

陸軍士官学校 (4)大講堂の脇に有る防空室
説明板には、天皇陛下御幸行時の防空室で昭和18年に作られたが未使用、と書かれている。

陸軍士官学校 (7)基地内で見つけたマンホール。通信学校に有る物と同じである。
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神崎 伸介

Author:神崎 伸介
酒とミル貝刺と、手羽先をこよなく愛し、日々全国の旧軍遺構を訪ね歩く自他共に認める変わり者です。

紹介する遺構の説明は正確を心がけてますが、間違いや情報があれば、是非とも教えてください。
また、ここで紹介する遺構は訪ねてから紹介するまでに、時間が経っている物も有り、必ずしも現状で無い場合がありますのでご注意ください。
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