海軍紀伊防備隊

和歌山県日高郡由良町にある、海上自衛隊由良基地分遣隊は、海軍紀伊防備隊の跡地にある。
紀伊防備隊は、昭和12年に建設が決定され、昭和14年に基地が完成して発足した部隊で、主な任務は紀伊水道の防備であり、敵潜水艦の大阪湾侵入阻止の任を負っていた様だ。
防備隊跡地の西側のみ、由良基地分遣隊として使われており、それ以外は中学校や町役場になっている。
ちなみに、同じく紀伊水道防備の任にあたっていた、由良要塞は淡路島の由良町に司令部があり、和歌山県由良町とは関係が無い。

紀伊由良町役場前には、紀伊防備隊跡の碑がある。

紀伊 (4)酒屋さんの倉庫として使われているのは、紀伊防備隊の倉庫だった。
お店の許可を取って撮らせてもらってます。

紀伊防備隊 (5)目立たなくするために、黒く塗られた跡が残っている。

紀伊防備隊 (10)古い倉庫 詳細不明だが、紀伊防備隊の遺構だと思う。

紀伊防備隊 (2)この石垣は防備隊建設当時の物だろうし、防波堤は終戦後すぐの写真にも写っている。

紀伊防備隊由良基地分遣隊内に残る遺構。

紀伊防備隊 (3)器具庫とも防潜網庫とも言われている。

紀伊防備隊 (4)これらの岸壁も、防備隊時代の物だろう。

紀伊 (2)重山麓の糸谷地区には海防艦30号慰霊碑の由来が記されている碑がある。
海防艦30号は昭和20年7月28日午前、来襲した米軍機と交戦したが、奮戦虚しく大火災を起こし沈没した。
この戦闘で、艦長以下66名が戦死し、その血で湾内は赤く染まったと言い伝えられている。
護国の神と散った、御御霊永遠に安かれと由良町民糸谷区有志が、昭和32年7月28日に建立した。
しかし、今考えてみると、これは慰霊碑の裏面だったのかもしれない。

紀伊 (3)紀伊防備隊鎮魂碑と海防艦戦死者供養塔
上記の碑の、道路を挟んだ向かいにある。
こちらは昭和の終わりか、平成の初めに建立された様である。

紀伊防備隊の近くには白崎の回天基地もあるが、交通の便が悪いので公共機関で訪ねるのは苦労するだろう。
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神崎 伸介

Author:神崎 伸介
酒とミル貝刺と、手羽先をこよなく愛し、日々全国の旧軍遺構を訪ね歩く橋本環奈が大好きな正統派変人です。

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また、ここで紹介する遺構は訪ねてから紹介するまでに、時間が経っている物も有り、必ずしも現状で無い場合がありますのでご注意ください。
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