工兵第10連隊

第17師団創設当時、岡山には工兵第17大隊が兵営を置いていたが、第17師団廃止後は福知山から工兵第10大隊が移駐し、昭和11年に工兵第10連隊に昇格した。
その後、昭和13年に第17師団が再編されると、工兵第10連隊に代わり、第54連隊が兵営を置いた。
工兵第17大隊の兵営は別の位置に有ったので、今回紹介する遺構は工兵第10大隊(連隊)の物だろう。

工兵隊遺構 (2)キャンパス入口の受付は、工兵隊衛兵所と言われている。

工兵隊遺構そう言われると、そうかな?いや、違うのかな?

工兵隊遺構 (6)さらに付近には、兵舎とも事務所とも言われる建物がある。

工兵隊遺構 (7)大きさや形状から、事務所、または衛兵詰所ではないだろうか?

工兵隊遺構 (3)キャンパスの西端には、工兵隊の橋梁演習施設がある。
一説には爆破訓練用とも言われているが、兵営内で爆破をするとも考えにくいので、事前訓練や教育用教材と考えた方が良いだろう。

工兵隊遺構 (4)将校集会所庭園跡地にあった燈篭。日支事変出征記念の文字が刻まれているらしい。 

工兵隊遺構 (5)将校集会所庭園 池の跡
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探索お疲れ様です

当地は私も3年ほど前の今頃に探索しましたが、灯篭・橋梁演習場は草だらけで蚊の大軍に襲われるわ、何だか分からない写真になるわ散々でした。
衛兵所は私も疑問でしたが、裏に衛兵所に付き物のコンクリート製の物置があったので場所的には間違いなさそうですが、建物はどうなんでしょう?
探索時は同行者がいたうえ旅行のついでだったので岡山大、騎兵聯隊集会所、偕行社を午前中だけで回らねばならず、貴ブログを拝見させて頂き歩兵聯隊兵営門柱、境界石標、倉庫門柱などなど結構見落としが多くあり、また行くはめになりそうです(汗)
いつ壊されても不思議で無い建物が全部無事なのに安心しました。

Re: 探索お疲れ様です

>>盡忠報國さん
実は最初に訪ねたのが3年前の春です。その後、2年前にも再訪しました。
ですので最新情報ではないのですが、今回紹介した遺構はどれも現役施設として使われているために、状態も良く、すぐに取り壊されることはなさそうです。
衛戍病院跡や憲兵隊跡も行きましたが、特に紹介する遺構はありませんでした。

写真

工10の昭和期内地での写真(戦地も少し)を複数入手しました。
残念ながら、将官、兵卒の人物写真ばかりで、肝心の兵営は皆無でした。
架橋演習では、愛知犬山演習場での模様が3枚ほどあります。

Re:写真

>tigerさん
昭和に入ってからなら、岡山に兵営を移した後ですね!
岡山から犬山まで訓練ですか。
今と違って移動も大変だったと思います。
人物写真という事は、何かの記念写真なんでしょうね。

No title

個人の写真帖に収められていたもので、台紙からはずされた状態で古物商に流れたものです。
演習風景や将官の写真は酒保で売られたものと思います。
他は戦友らと交換しあったのでしょう。

Re:No title

>tigerさん
個人のアルバムだと、戦友との記念写真が多いのは仕方ないですよね!
逆に兵営って勝手に写真を撮っても大丈夫なんでしょうかね?
いらぬ疑いをかけられる可能性も有りそうです。
プロフィール

神崎 伸介

Author:神崎 伸介
酒とミル貝刺と、手羽先をこよなく愛し、日々全国の旧軍遺構を訪ね歩く橋本環奈が大好きな正統派変人です。

紹介する遺構の説明は正確を心がけてますが、間違いや情報があれば、是非とも教えてください。
また、ここで紹介する遺構は訪ねてから紹介するまでに、時間が経っている物も有り、必ずしも現状で無い場合がありますのでご注意ください。
本ブログに掲載されている写真の無断使用は禁止します。

Twitter始めました。@Kanreport0726

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