岡山歩兵連隊門柱

岡山には第17師団創設により、多くの部隊が兵営を置いた。
歩兵第54連隊は、日露戦争の最中である明治38年に創設された。
その後、鳥取に兵営を置いていたが、第17師団創設を機に、同師団所属となり兵営を岡山に移すものの、
大正14年に第17師団と共に廃止された。
廃止後は、歩兵第10連隊が移駐したが、昭和13年、第17師団復活と共に再編成された歩兵第54連隊が
岡山に駐屯した。
その後、昭和20年に中国軍管区歩兵第5補充隊と改称して終戦を迎える。
今回参考にした論文には歩兵第10連隊の門柱と書かれている。
歩兵第10連隊の物であれば、その後、歩兵第54連隊と中国軍管区歩兵第5補充隊も使用していると思われるので、岡山歩兵連隊門柱とした。
中国軍管区歩兵第五補充隊門柱岡山大学職員宿舎の門柱

中国軍管区歩兵第五補充隊門柱 (3)
ちょうど通りかかった年配の方に伺ったところ 「僕が子供の時から古い門だったから、おそらく陸軍の物」
と言っていた。

中国軍管区歩兵第五補充隊門柱 (2)
後から調べると、これが歩兵連隊の正門だった。

中国軍管区歩兵第五補充隊 (8)さらに北西方向にも門柱がある。これは歩兵連隊の通用門だと思われる。

中国軍管区歩兵第五補充隊 (9)
内部のレンガが見える。

中国軍管区歩兵第五補充隊 (4)表札を掛けるフックが残っている。

中国軍管区歩兵第五補充隊 (10)付近に残る石柱 境界石か?と思ったが、折れていて詳細不明

中国軍管区歩兵第五補充隊 (6)さらに100mほど北にも門柱がある。

中国軍管区歩兵第五補充隊 (7)
これは戦後に造られた物だと思うのだが・・・
岡山歩兵連隊史蹟碑は新野公会堂にある。
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神崎 伸介

Author:神崎 伸介
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