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歩兵第13連隊その1 門柱

熊本市中央区大江町には、歩兵第13連隊の門柱が残っている。
歩兵第13連隊の兵営は熊本城内にあったが、大正14年5月、この地に移転した。
この情報は、平成28年4月に発生した、熊本地震以前のものです。訪問される方は最新の情報を確認してください。

歩兵第13連隊は、明治8年4月に編成、同年9月、軍旗を親授された、鎮台に所属した最古参の連隊の一つである。
連隊の初陣は、明治9年10月に生起した、神風連の乱であり、翌年に生起した西南の役では連隊長が戦死するも、よく奮戦し、西郷軍を撃滅する。
明治21年、熊本鎮台は第6師団となり、歩兵第13連隊は第6師団隷下となる。
明治27年、日清戦争では山東半島に出動、威海衛等で行動する。
明治37年、日露戦争では、遼陽、首山堡、沙河会戦を経て、奉天会戦に参加し、明治39年3月、凱旋する。
大正に入り、12年4月から14年5月まで、満州駐箚となり、熊本帰還と共に大江の新兵営に移る。
昭和3年、済南事件に出動
昭和7年から8年まで、満州事変に出動、熱河、長城、華北作戦に従事する。
昭和12年、日中戦争勃発により北支に派遣され、その後、中支に転進し、南京攻略戦に参加、その後は武漢攻略戦、南昌作戦などに参加する。
昭和16年12月、太平洋戦争勃発により、南方に転進。昭和18年ラバウル上陸、ソロモン作戦に従事するも、優勢なる米軍相手に苦戦を重ね、昭和19年、ブーゲンビル島防衛の任に就き、終戦を迎える。
(ノーベル書房:わが連隊より抜粋)

歩13門柱 (5)
門柱の全景

歩13門柱 (1)
左側の門柱

歩13門柱 (2)
右の門柱にはレンガ塀が残されている。

歩13門柱 (4)
当時の物と思われる石垣

歩13門柱 (6)
皇威無窮の碑
これは満州事変での出征を記念したもので、裏には、熱河河北聖戦記念 昭和7年12月15日出動 昭和8年10月1日凱旋と彫られており、他には従軍者の人数と、戦病没者の名前がある。
以前は門柱の近くにあったが、工事に伴いこの場所に移設されたようである。
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