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古城山砲台

北九州市門司区にある和布刈(めかり)公園には古城山砲台の遺構が残っている。
古城山砲台は、明治21年起工し、同23年に竣工した、24cm臼砲を12門装備した砲台であった。
現在、砲座付近は駐車場になっており、観測所と掩蔽部のみが残っている。
こちらもすぐ近くまで車で行ける、非常に行き易い砲台遺構である。

古城山 (1)
アクセスポイントから山を登ること5分で掩蔽部が見えてくる。

古城山 (11)
反対側から見る。当日は木の伐採作業中であったが、偶然にも訪ねた時間がお昼休みで作業をしていなかった。

古城山 (3)
掩蔽部のアップ。器具庫ではなかろうか?

古城山 (2)
掩蔽部の正面には、砲台跡地によく見られる石積みの区画がある。伐採した枝が集められており確認できず。

古城山 (4)
周りは石垣が築かれているが、これは射朶ではなく、単に防護壁だと考える。
理由としては、石垣の高さから水平射撃するには石垣が防護壁となるが、山の斜面を駆け登って来る敵を射撃するには完全に体を乗り出さなければならず、逆に身を敵に晒すからである。

古城山 (12)
掩蔽部の正面には階段があり、写真右の階段を登る。(左は後付けだと思われる。)

古城山 (6)
そこから階段が続いており

古城山 (7)
それを登ると

古城山 (8)
観測所に行き着く。
この観測所の特徴は、下からまっすぐ階段で観測所に行くのではなく、入り口付近で大きく回り込んで観測所に入ることである。

古城山 (9)
観測所は埋まってしまっている。

古城山 (5)
外から観測所を見る。

古城山 (10)
別の角度から見る。

さて、この古城山砲台であるが、最初は古城山堡塁の遺構だと思っていた。
理由としては、観測所の正面方向が東南東であり、現在、関門橋が架けられている、一番狭い方向ではなく、内側に向いており、砲座の列線からも射撃方向は北東方向である。
そのため、田野浦海岸から上陸する敵を迎え撃つ堡塁と判断したが、調べたところ古城山堡塁は機関銃を備える堡塁であることから、砲台の遺構のようである。
この砲台であるが、豊後水道を北上し、関門海峡を通り西に逃げようとする敵を迎え撃つものものなのか、関門海峡を通り終わった敵を追い撃ちするためのものかは不明だが、当時の思想が反映されており、それを考えるのも楽しい。
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kan

Author:kan
酒とナマコ酢と、ミル貝刺をこよなく愛し、全国の旧軍遺構を訪ね歩く、自他共に認める正統派の変人です。
変人ですが、「変態!」と言われると烈火の如く怒ります。
腰はガラスの腰と言われ、定期的に壊れます!

紹介する遺構の説明は正確を心がけてますが、間違いや情報があれば、是非とも教えてください。
基本、酒を飲んでブログを書いてます。誤字や文章がおかしい時は、かなり酔っていると思ってください。
また、ここで紹介する遺構は訪ねてから紹介するまでに、時間が経っている物や、すでに消失している物も有り、必ずしも現状で無い場合がありますのでご注意ください。
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