佐伯海軍航空基地跡に残る掩体壕

(株)興人の佐伯工場は佐伯海軍航空基地跡地にあり、掩体壕と指揮所が残っている。
佐伯海軍航空基地には、当時日本最大の軍港であった呉への敵侵入を防ぐのと、豊後水道の哨戒のため昭和9年12月に佐伯航空隊が開隊した。
太平洋戦争開戦前には、空母機動部隊が佐伯湾で訓練を行っている。
事前に申請をすると見学させて頂ける。(要確認)

佐伯掩体壕1 (1)
最初に見える掩体壕。見学の際に頂いた資料には、高さ4.5m、幅17.32m、奥行12.52m、天蓋の厚さ0.5mと書かれている。また、この掩体壕のほか2基の掩体壕が確認されていると書かれている。

佐伯掩体壕1 (5)
正面から見る。

佐伯掩体壕1 (3)
海軍の掩体壕の入り口は凸型の形状の物もあるが、これは違う。

佐伯掩体壕1 (2)
この角度で見ると、入り口は凸型以外は海軍で多く見られる造りであることが判る。

佐伯掩体壕1 (4)
後ろを見る。この形状は陸軍には見られない、海軍特有の形である。

佐伯掩体壕2 (1)
1基は、北側すぐ近くにある。

佐伯掩体壕2 (2)
形状は同じである。

佐伯掩体壕2 (3)
左前から見る。

佐伯掩体壕2 (4)
正横から見る。

佐伯掩体壕2 (5)
後方の形状がよく判る。

佐伯掩体壕の案内板
掩体壕の説明板
佐伯に航空基地が造られた歴史が分かる。
ただ残念なのが、飛燕戦闘機が格納されていたと書かれている。飛燕は陸軍の戦闘機だから違うと思うのだが・・・
また、資料に書かれている残りの1基の場所は不明である・・・

(株)興人佐伯工場入り口はこちら
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プロフィール

神崎 伸介

Author:神崎 伸介
酒とミル貝刺と、手羽先をこよなく愛し、日々全国の旧軍遺構を訪ね歩く自他共に認める変わり者です。

紹介する遺構の説明は正確を心がけてますが、間違いや情報があれば、是非とも教えてください。
また、ここで紹介する遺構は訪ねてから紹介するまでに、時間が経っている物も有り、必ずしも現状で無い場合がありますのでご注意ください。
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Twitter始めました。@Kanreport0726

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