陸軍少年戦車兵学校 その1

静岡県富士宮市上井出にある「若獅子神社」は、陸軍少年戦車兵学校の跡地に建てられている。
少年戦車兵学校とは、今後、陸軍の中核をなす戦車兵を育成するために、昭和14年12月に千葉に有った陸軍戦車兵学校に少年戦車兵生徒隊が、昭和16年11月、同地に少年戦車兵学校が作られた。
その後、昭和17年8月にこの地に移転した。(日本の軍事遺産:飯田則夫著から引用)
少年戦車兵は、少年飛行兵と並んで、憧れの的だった様で、多くの少年が受験した。
若獅子神社の公式ホームページはこちら
少年戦車兵学校 (7)境内には、九七式中型戦車が置かれている。この戦車はサイパンから帰った2輌のうちの1輌で、もう1輌は靖国神社に奉納されている。

少年戦車兵学校 (10)戦車には数多の弾痕が残っており、戦闘の激しさを物語っている。
残念ながら、戦車自体の保存状態はよくない。

少年戦車兵学校 (9)当日は陸上自衛隊員が研修で訪れていて、隊員が付けたと思われる「人車一体」の横断幕。文字は切手で書かれているが、何故に切手なんだろう?

少年戦車兵学校3年前は屋根もなく、完全な野晒しだった。

少年戦車兵学校 (5)
神社正面に移設保存されている、境界石

少年戦車兵学校 (8)当日は研修が有ったからか、神社が保管している品を展示してあった。当時の戦車帽

少年戦車兵学校 (6)上、97式車載機関銃眼鏡、(倍率1,8倍)
中、97式車載機関銃銃身、(口径7,7mm)
下、97式57mm戦車砲眼鏡、(倍率4倍)
これ以外にも、砲弾や防塵眼鏡、教範類があった。

少年戦車兵学校 (2)
神社の入口にある門柱
これは少年戦車兵学校の正門を、ここに移設した。

少年戦車兵学校 (3)
表札には「陸軍少年戦車兵学校」の文字がある。しかし、この表札は戦後に作られた物らしい。

少年戦車兵学校 (4)左側の門柱

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プロフィール

神崎 伸介

Author:神崎 伸介
酒とミル貝刺と、手羽先をこよなく愛し、日々全国の旧軍遺構を訪ね歩く自他共に認める変わり者です。

紹介する遺構の説明は正確を心がけてますが、間違いや情報があれば、是非とも教えてください。
また、ここで紹介する遺構は訪ねてから紹介するまでに、時間が経っている物も有り、必ずしも現状で無い場合がありますのでご注意ください。
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