由良の軍橋

今までも紹介してきたが、由良周辺には多くの軍橋(レンガ橋)が残っている。
当時のままの姿で残っている物もあるが、そのほとんどが改修されて車道となっていて、川に降りないとレンガ橋である事が確認できなくなっている橋もある。実際に気付かないだけで、まだまだ多くのレンガ橋が残っていると思う。

婦の川下流婦の川下流にあるレンガ橋

 大谷川下軍橋 (2)こちらにもレンガ橋が残っている。

 大谷川下軍橋橋には「大谷川下軍橋」と彫られている。

変換 ~ 鳰谷川軍橋 (4)
これは以前紹介した、鳴門要塞司令部近くの鳰谷川軍橋。
この様に橋自体(この名前が彫られている部分を地覆(じふく)と言うらしい)に名前を彫るのは、対岸の深山地区にもあるらしい。

宮川橋 (3)今回、由良再訪にあたって、地元洲本市在住の歴史研究家S氏にご案内していただいた。
これも何度も通っていたが見逃していたレンガ橋。

宮川橋そして、レンガ橋の近くには「宮川軍橋」と彫られた地覆が残っている。
これはどの文献にも発表されておらず、これが初公開と思われる。

宮川橋 (2)この地覆には金属製の手摺が残っている。
さて、この手摺であるが、実は全く同じ形状の手摺がいくつかの遺構に残っている。

観音崎観測所 (2)
観音崎第2砲台観測所の手摺

大久野島電燈所こちらは大久野島電燈所の手摺

この事からも、当時の手摺と判断する。
多くの遺構で金属が無理矢理に取り外された痕跡が残っているが、他の軍橋にはその形跡が無いため、宮川軍橋だけ手摺が有って、それ以外には無かったのではないだろうか?
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プロフィール

神崎 伸介

Author:神崎 伸介
酒とミル貝刺と、手羽先をこよなく愛し、日々全国の旧軍遺構を訪ね歩く自他共に認める変わり者です。

紹介する遺構の説明は正確を心がけてますが、間違いや情報があれば、是非とも教えてください。
また、ここで紹介する遺構は訪ねてから紹介するまでに、時間が経っている物も有り、必ずしも現状で無い場合がありますのでご注意ください。
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