木更津海軍航空隊その6

木更津最後は謎の物件を紹介する。
自分の勉強不足で申し訳ないが、謎の物件が多い。
その理由を考えると、先に書いたとおり木更津空は昭和11年開隊で終戦までの期間は短く、終戦後すぐにアメリカ軍が進駐してきたために、進駐直後に作られた物と区別がつきにくい。(明らかに進駐軍が作ったものは除く)

なお、紹介する順番は、木更津航空隊遺構の可能性が高いと判断した順に紹介する。

変換 ~ 木更津22.6.6 076
まずは現在物置になっている建物。
窓の感じから言えば、当時の物だと思うのだが???

変換 ~ 木更津22.6.6 078
さらに、鉄骨がリベット留めであることから、海軍の遺構である可能性は高いと考える。

変換 ~ 木更津22.6.6 204
司令部庁舎の裏にある建物。一部改築されているが形状からは当時の物であろう。

変換 ~ 木更津22.6.6 266
これも司令部の裏にある建物。
一つ上の写真の奥側(木更津航空神社の隣)にある。
ここで勤務されていた隊員さんは戦後のものだと言っていたが、窓の形などは開隊時頃の物だと思うのだが

変換 ~ 木更津22.6.6 115
基地内で見た唯一のレンガ建築。
イギリス積みであること、進駐してきたアメリカ軍がわざわざレンガで建てなければならない理由がないことなどから、海軍の建物を再利用していると考える。

変換 ~ 木更津22.6.6 235
多くの人がこの遺構の写真を撮っていたが、口々にタンクは米軍の物と言っていた。
ただレンガ建ては、海軍時代の燃料(または潤滑油等)の格納庫が空襲で破壊され、架台が残っていたため再利用されたと考えれば、レンガ建ての壊れ方の説明も出来ると思うのだが、如何だろうか?

変換 ~ 木更津22.6.6 049
外壁の支柱
今まで見てきた日本軍の物は一本棒だったので判断がつかず。

変換 ~ 木更津22.6.6 048
東側エプロン
雰囲気的には海軍時代の物でありそうな気もするが、勉強不足で申し訳ない。


以下のものは詳細不明。
旧軍の物と言われればそうだし、進駐軍が作ったと言えばそう。
全く判断できない。
以下の物件は旧軍遺構との証言を得られなかった。
また、隊員が「これが日本の物なら、すぐに壊すけど、米軍が作ったものだから壊せない」と言っていた。
確かにそうなのかもしれない。
変換 ~ 木更津22.6.6 094

変換 ~ 木更津22.6.6 085

変換 ~ 木更津22.6.6 086

変換 ~ 木更津22.6.6 097

さて、今回は判らない物を紹介したが旧軍遺構を探していると、謎の遺構に多く出会う。
明らかに旧軍遺構であると証明されている物や、旧軍遺構と判断できる遺構であれば良いが、それ以外の物を軽々しく旧軍の物だと紹介してしまうと、それが定説になってしまう恐れがある。
なので、kanレポートでは判らないものは判らないと紹介しようと思っている。
謎の物件は数多くあるので、紹介していく。もし、情報を持っている方は是非ともお力を貸して頂きたい。

また、今回見逃した遺構が、かなりあるとの情報を頂いているのでまた再訪したいと思っている。

木更津海軍航空隊終了
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プロフィール

神崎 伸介

Author:神崎 伸介
酒とナマコ酢と、ニシンの塩焼きをこよなく愛し、日々全国の旧軍遺構を訪ね歩く橋本環奈が大好きな正統派変人です。

紹介する遺構の説明は正確を心がけてますが、間違いや情報があれば、是非とも教えてください。
また、ここで紹介する遺構は訪ねてから紹介するまでに、時間が経っている物も有り、必ずしも現状で無い場合がありますのでご注意ください。
本ブログに掲載されている写真の無断使用は禁止します。

Twitter始めました。@Kanreport0726

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