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陸軍高射砲第2連隊門柱

千葉県柏市にある高野台児童公園には高射砲第2連隊の門柱が移設されている。
高射砲第2連隊は、昭和13年に市川市国府台からこの地に移転してきた。
連隊は、昭和16年に主力が東京に移り、昭和18年に廃止された。
その後は、敷地の東側に東部14部隊(近衛工兵補充隊)が、西側に東部83部隊(歩兵第2補充隊)が駐屯した。

高射砲第2連隊門柱 (1)
移設された門柱

高射砲第2連隊門柱 (3)
角度を変えて見る。現在は、この隣(写真では奥側)に立哨小屋が移設されているようだ。

高射砲第2連隊門柱 (2)
向かって右の門柱

高射砲第2連隊門柱 (5)
表札は埋込式だったようである。

高射砲第2連隊門柱 (4)
左の門柱 ヒンジが残っている。

高射砲第2連隊門柱 (6)
背面を見る。
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陸軍高射砲第2連隊訓練施設

千葉県柏市根戸には、陸軍高射砲第2連隊の訓練施設であった建物が残っている。
今回の写真は、平成22年に訪ねた時のものであり、当時は「馬糧庫」と言われており、元々は何の施設だったのか分からなかったが、最近の調査で高射砲第2連隊の射撃演習用施設であることが判明した。
この施設は、照空予習室や訓練棟と称されているが、天井に映像を映してして照空灯の操作や照射の指揮を訓練し、屋上には測遠器(測距儀)を設置し、航空機との距離を測る訓練をする施設だったようである。
しかし、高射砲第2連隊は都内に移転したため、その後は当初伝えられていた馬糧庫として使われたようである。

柏高射砲2連隊訓練講堂 (1)
訓練施設の全景 昭和13年築と言われている。

柏高射砲2連隊訓練講堂 (6)
角度を変えて見る。

変換 ~ 柏高射砲2連隊訓練講堂 (2)
正面から見るが、どこまでオリジナルの姿を残しているのかは、不明である。

変換 ~ 柏高射砲2連隊訓練講堂 (3)
反対側を見る。

柏高射砲2連隊訓練講堂 (4)
この支柱を使って測遠器(測距儀)を屋上に上げて、測的訓練を行っていたようである。

柏高射砲2連隊訓練講堂 (5)
モルタルが剥げ、内部が見える。最初からモルタル造りだったのか不明

第2海堡 その12

最後に15cmカノン砲座を紹介する。
以前にも書いたように、学研「日本の要塞」には、クルップ式とサンシャモン式の15cmカノン砲が2門が備えられた砲座が4個で計8門備えられていたと記載されているが、現地の説明図及び、確認できたのは3砲座である。
今回説明するにあたり、便宜上、3つある15cmカノン砲座のうち、右側を第1砲座、中央を第2砲座、左側(中央側)を第3砲座と呼称する。

第2海堡その12 (5)
今更ではあるが、最後の最後に説明図を紹介する。

第2海堡 その11 (9)
第1砲座

第2海堡その12 (1)
第1砲座と第2砲座の間にある、台長位置であろうか?

第2海堡その12 (2)
角度を変えて見る。

第2海堡その12 (3)
更にアップで

第2海堡その12 (4)
中央から見る。

第2海堡その12 (6)
第2砲座と第3砲座の間にある台長位置(と思われる遺構)
第2砲座は灯台の位置にあったようだが、砲座の遺構は見当たらず、写真すら取っていない・・・

第2海堡その12 (7)
水槽が増設されている。

第2海堡その12 (8)
何かのボルトが残る。

第2海堡その12 (13)
第3砲座

第2海堡その12 (14)
角度を変えて見る。

第2海堡その12 (10)
この砲座が一番状態が良い。

第2海堡その12 (12)
砲床部分

第2海堡その12 (15)
中央方向から見る。

これにて今回参加した第2海堡ツアーの紹介を修了する。
今後は更に整備され、今回見学できなかった場所への立ち入りや、新たな遺構が発掘される可能性が大いにあるため、時間を置いて再訪したいと思っている。
遠方の方はツアーを予約しても第2海堡に渡れる確約はないので、ハードルが高いが是非とも訪れてもらいたい遺構である。

第2海堡 その11

第2海堡最右翼の砲座である、隠顕式砲座を紹介する。
とは言っても、場所的にそう判断しているだけで、砲座自体は完全に崩壊しているのと、そもそも隠顕式砲座がよく分からないため、果たしてこれが砲座なのかも判断できない。

第2海堡 その11 (2)
砲座の最右翼部
隠顕式砲座の一部と思われる。

第2海堡 その11 (1)
その背後には掩蔽壕がある。
近い将来、整備されて見学可能になることを願うばかりである。

第2海堡 その11 (5)
さらに、右から2つめの隠顕式砲座と思われる遺構

第2海堡 その11 (4)
アップで見る。

第2海堡 その11 (7)
さらに、角度を変えて見る。

第2海堡 その11 (6)
何かよく分からないけど、念のために撮っておいた・・・

第2海堡 その10

第2海堡の右翼前方(南西端)には、地下掩蔽部がある。
当時の状態は分からないが、敵襲来方向の東京湾口側に、敢えて地上施設を造る必要がないので地下施設であったのだろう。
この施設は激しく損傷しているが、震災で受けた損傷なのか、その後の経年劣化によるものなのか、工事などで人為的に壊された物なのかは不明。また、過去の状況から水中または水際で波に洗われていたと思われる。

その10 (1)
全景
元々は露出していたが、今回の工事の際に埋め立てられ、再度、発掘したと思われる。

その10 (15)
現在は埋まっているが、ここが出入り口だったのだろう。

その10 (2)
右翼端に向かって進む。
近くに行けないため、詳細は分からない。

その10 (4)
入り口から最初の掩蔽部

その10 (3)
アップで見る。

その10 (9)
入り口方向を見る。

その10 (5)
その隣にも掩蔽部がある。

その10 (7)
角度を変えて見る。

その10 (6)
2つ目の掩蔽部

その10 (10)
角度を変えて見る。

その10 (13)
さらに進んで全体を見る。

その10 (8)
3つ目の掩蔽部だろうか?

その10 (11)
損傷が激しく、この位置から見ただけでは何なのかよく分からない。

その10 (12)
最右翼(西側)部分。ここを覆っていたコンクリートの厚さが分かる。

その10 (14)
付近に置かれている擁壁の一部と思われる物
プロフィール

kan

Author:kan
酒とナマコ酢と、ミル貝刺をこよなく愛し、全国の旧軍遺構を訪ね歩く、自他共に認める正統派の変人です。
変人ですが、「変態!」と言われると烈火の如く怒ります。
腰はガラスの腰と言われ、定期的に壊れます!

紹介する遺構の説明は正確を心がけてますが、間違いや情報があれば、是非とも教えてください。
基本、酒を飲んでブログを書いてます。誤字や文章がおかしい時は、かなり酔っていると思ってください。
また、ここで紹介する遺構は訪ねてから紹介するまでに、時間が経っている物や、すでに消失している物も有り、必ずしも現状で無い場合がありますのでご注意ください。
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