佐世保鎮守府武庫倉庫群

海上自衛隊佐世保造修補給所の立神西倉庫一帯には、鎮守府第一期工事の際に中央の兵器廠で製造した兵器類を受領・保管する「武庫」が置かれた。この地域には明治21年完成の弾庫、小銃庫から大正2年完成の弾丸庫まで、9棟の煉瓦造倉庫が残されており、大砲などの兵器類を保管していた。 (案内板より抜粋)
この倉庫群であるが、佐世保市役所HPに倣って、佐世保鎮守府武庫倉庫群とした。

忠告:同好の士が隣接する米軍基地内のレンガ倉庫をフェンス越しに撮影していたところ、米軍のSPに連行され取り調べを受けたそうなので、米軍基地内の撮影は止めた方が身のためである!

佐世保鎮守府武庫倉庫群 (1)
佐世保鎮守府武庫倉庫群の全景(でもないけど)

佐世保鎮守府武庫倉庫群 (2)
武庫弾庫 レンガ造2階建 明治21年建築 佐世保鎮守府が開庁と同時期に建てられた物である。

佐世保鎮守府武庫倉庫群 (10)
武庫弾庫の全景

佐世保鎮守府武庫倉庫群 (3)
武庫弾庫の東には、武庫小銃庫 レンガ造2階建 明治21年建築(写真、右手前)が、向うには水雷庫魚形水雷庫  レンガ造2階建 明治29年建築がある。  

佐世保鎮守府武庫倉庫群 (8)
武庫弾丸庫 レンガ造2階建 明治36年建築

佐世保鎮守府武庫倉庫群 (9)
武庫弾丸庫の全景

佐世保鎮守府武庫倉庫群 (6)
海軍工廠第3弾丸庫 鉄骨レンガ造2階建 大正2年建築

佐世保鎮守府武庫倉庫群 (7)
海軍工廠第3弾丸庫の全景

佐世保鎮守府武庫倉庫群 (4)
海軍工廠大砲庫 鉄筋レンガ造2階建 明治43年建築

佐世保鎮守府武庫倉庫群 (5)
海軍工廠大砲庫の隣には、武庫大砲庫 レンガ造2階建 明治33年建築
更にその向うには、武庫預兵器庫 レンガ造2階建 明治32年建築 隣には武庫予備艦兵器庫が明治36年に増築された。

しかし、ここでなんと、まさかのデジカメのバッテリー切れ!!!
ジ・エンド・・・
前日、充電したんだけどなぁ~ 何か間違ったんだろうなぁ~


佐世保鎮守府武庫倉庫群の場所はこちら
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佐世保海軍軍需部 通信兵器庫、第3炸填機雷庫

第2炸填機雷庫、電纜庫に隣接して、通信兵器庫と第3炸填機雷庫が残っている。
こちらも立ち入り許可を頂いての撮影である。

通信兵器庫、第3炸填機雷庫 (4)
通信兵器庫 木造平屋 昭和13年建築 西側から見る。

通信兵器庫、第3炸填機雷庫 (2)
こちらは東側から見る。

通信兵器庫
クレーンであろうか?コンクリートの基礎が残っている。

通信兵器庫、第3炸填機雷庫 (5)
第3炸填機雷庫 木造平屋 昭和12年建築 東側から見る。  

通信兵器庫、第3炸填機雷庫 (3)
反対の西側から見る。

通信兵器庫、第3炸填機雷庫 (1)
最後になってしまったが、干尽地区に残る倉庫群の案内図。これを把握していなかったため、無駄な写真を多く撮ってしまった・・・

通信兵器庫、第3炸填機雷庫 (6)
帰りに偶然見つけたレンガの建物。かなり手を加えられているが、レンガ造りであることから海軍の物と推測する。

この干尽地区は干尽公園の斜面にはまだ多くの地下壕があると思われ、また、見付けられなかったが止水弁も残っている可能性がある。訪ねられる方は、是非とも探してもらいたい。
また、付近にある米軍の弾薬庫は海軍時代の施設を引き継いでいるらしく、それと思われる建物が見えたが、これを撮影していると面倒に巻き込まれる!と私の本能が教えてくれたので、撮影はしなかった・・・

佐世保海軍軍需部 通信兵器庫の場所はこちら、第3炸填機雷庫はこちら

佐世保海軍軍需部 第2炸填機雷庫、電纜庫

第4炸薬弾丸庫の道路を挟んで反対側にも当時の建物が残っている。
撮影にあたって、そこにいらっしゃった西九州倉庫の方に、建物に立ち入らない、お仕事の支障にならないように撮影するなら、との条件で立ち入りを許可して頂いた。無断での立ち入りは止めてもらいたい。

第2炸填機雷庫、電纜庫 (13)
第4炸薬弾丸庫から見た風景

第2炸填機雷庫、電纜庫 (3)
第2炸填機雷庫 木造平屋 昭和15年建築

第2炸填機雷庫、電纜庫 (1)
北西から見る。

第2炸填機雷庫、電纜庫 (4)
こちらは南西から見る。

第2炸填機雷庫、電纜庫 (5)
南側側面を見る。

第2炸填機雷庫、電纜庫 (2)
こちらは北側側面。

第2炸填機雷庫、電纜庫 (10)
東側(海側)から見る。

第2炸填機雷庫、電纜庫 (11)
当時の物と思われる岸壁は、階段状になっている。

第2炸填機雷庫、電纜庫 (12)
手前が第2炸填機雷庫、奥が電纜庫である。

第2炸填機雷庫、電纜庫 (9)
東側から見る。

第2炸填機雷庫、電纜庫 (6)
北西から見る。

第2炸填機雷庫、電纜庫 (7)
南西からみる。

第2炸填機雷庫、電纜庫 (8)
南側側面

佐世保海軍軍需部 第2炸填機雷庫の場所はこちら、電纜庫はこちら

佐世保海軍軍需部 弾丸庫、第4炸薬弾丸庫

第5水雷庫の更に奥には、弾丸庫と第4炸薬弾丸庫が並んで建っている。

第4炸薬弾丸庫 (5)
弾丸庫と第4炸薬弾丸庫
手前のレンガ造りが第4炸薬弾丸庫、奥の鉱滓レンガ造りが弾丸庫である。

第4炸薬弾丸庫 (3)
2つの倉庫を見る。

第4炸薬弾丸庫 (1)
弾丸庫、昭和9年建築の鉄骨鉱滓レンガ造り倉庫である。

第4炸薬弾丸庫 (2)
建物自体が大きいのとスペースがないので、全体を撮るのは難しい。

第4炸薬弾丸庫 (4)
第4炸薬弾丸庫、大正6年建築のレンガ倉庫である。

第4炸薬弾丸庫 (6)
こちらも立地条件から全体を撮るのは難しい。

第4炸薬弾丸庫 (7)
北東側から見る。これらの倉庫の大きさが判るだろう。

第4炸薬弾丸庫 (8)
1階の窓は埋められてしまっているが、形状と大きさが分かる。

佐世保海軍軍需部 弾丸庫、第4炸薬弾丸庫の場所はこちら

佐世保海軍軍需部 第5水雷庫

兵器手入場の先には、干尽倉庫群で1番の見どころ、第5水雷庫がある。
第5水雷庫は大正11年建築の鉄筋コンクリート及石造り2階建である。また、全長は200m近くあり旧軍で建てた倉庫では最大級であろう。付近の前畑町に火薬庫があるためこの付近には弾薬関係の倉庫が建てられたのだろう。
さて、水雷には機械水雷(機雷)と魚形水雷(魚雷)があるが、こちらには魚雷が保管されていたと推測する。

第5水雷庫 (10)
まずはその大きさに驚く。

第5水雷庫 (3)
窓は閉ざされているが、ほぼ当時のままの外観だろう。あまりの大きさに全体を正面から撮ることは出来ない。

第5水雷庫 (5)
こうやって見ると、中世、ヨーロッパの城壁に見えなくもない。

第5水雷庫 (1)
裏を見る。

第5水雷庫 (9)
石壁のアップ。

第5水雷庫 (8)
基礎部分はレンガである。

第5水雷庫 (7)
南側から見る。

第5水雷庫 (6)
反対側の様子

第5水雷庫 (2)
倉庫の裏山には塞がれた地下壕の入り口がある。探せばまだまだあるだろう。また、見逃してしまったが、海軍の消火栓も残っている様だ。

佐世保海軍軍需部第5水雷庫の場所はこちら
プロフィール

神崎 伸介

Author:神崎 伸介
酒とミル貝刺と、手羽先をこよなく愛し、日々全国の旧軍遺構を訪ね歩く自他共に認める変わり者です。

紹介する遺構の説明は正確を心がけてますが、間違いや情報があれば、是非とも教えてください。
また、ここで紹介する遺構は訪ねてから紹介するまでに、時間が経っている物も有り、必ずしも現状で無い場合がありますのでご注意ください。
本ブログに掲載されている写真の無断使用は禁止します。

Twitter始めました。@Kanreport0726

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