佐世保海軍工廠 川棚魚雷遠距離発射場 空気圧縮喞筒室その1

射場への突堤の前には、空気圧縮喞筒室がある。
喞筒とはポンプのことであるが、読み方をネットで調べても「しょくとう」だったり、「そくとう」だったりして、本当はどう読むのでしょう?教えて、偉い人!
即ち、この建物は空気圧縮ポンプ室であり、昭和14年、酸素魚雷の為に建てられたと思われる。

佐世保海軍工廠 川棚魚雷遠距離発射場 空気圧縮喞筒室 (2)
右斜め前から見る。中世ヨーロッパの宮殿の様でもある。

佐世保海軍工廠 川棚魚雷遠距離発射場 空気圧縮喞筒室 (3)
何かの基礎

佐世保海軍工廠 川棚魚雷遠距離発射場 空気圧縮喞筒室 (1)
正面から見る。
佐世保海軍軍需部 第5水雷庫も似たような造りであるが、建造時期が15年以上の開きがある。石造りの建築は他所ではあまり見ない気がする。佐世保特有の物だろうか?

佐世保海軍工廠 川棚魚雷遠距離発射場 空気圧縮喞筒室 (23)
右斜め前から見る。空気圧縮喞筒室の造りがよく分かるだろう。

佐世保海軍工廠 川棚魚雷遠距離発射場 空気圧縮喞筒室 (21)
側面を見る。

佐世保海軍工廠 川棚魚雷遠距離発射場 空気圧縮喞筒室 (19)
空気圧縮喞筒室の右隣には、建物の基礎が残っている。

佐世保海軍工廠 川棚魚雷遠距離発射場 空気圧縮喞筒室 (20)
なにかの床部分だと思われる。

佐世保海軍工廠 川棚魚雷遠距離発射場 空気圧縮喞筒室 (22)
その床には、コンクリート造りの基礎部がある。

佐世保海軍工廠 川棚魚雷遠距離発射場 空気圧縮喞筒室 (18)
背後から見る。

佐世保海軍工廠 川棚魚雷遠距離発射場 空気圧縮喞筒室 (16)
右斜め後方から空気圧縮喞筒室を見る。手前にあるのは、

佐世保海軍工廠 川棚魚雷遠距離発射場 空気圧縮喞筒室 (17)
防火用水槽であろうか?
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佐世保海軍工廠 川棚魚雷遠距離発射場 探信機領収試験場 

射場の先(南)には、探信機領収試験場が残っている。
さてこの遺構だが、新観測所や監視所などとの記述があるが、大日本者神國也さんによると、探信機領収試験場が正式名称らしい。

佐世保海軍工廠 川棚魚雷遠距離発射場 射場 (9)
射場からも見えるので、迷うことなく行けるだろう。

探信機領収試験場 (1)
海沿いに歩いて行けば行きつける。

探信機領収試験場 (2)
途中、道が浸食のyため陥没しているのでご注意を!

探信機領収試験場 (3)
陸岸と探信機領収試験場をつないでいた桟橋は無くなっているため、行くことは出来ない。
さて、探信機領収試験場であるが、工廠またはメーカーで作った探信機(水中探信儀:アクティブソーナー)の最終試験場だと思われる。ただ、水深などから探知試験は無理だと思われるので、ここで探信(もしくは他所で探信)し、それの音量を他所(またはここ)で測量して性能検査をしていたのではないだろうか?

探信機領収試験場 (4)
アップ

佐世保海軍工廠 川棚魚雷遠距離発射場 射場

川棚魚雷遠距離発射場で一番有名なのは、この射場ではないだろうか。
ここは読んで字のごとく、ここから魚雷を発射した。

佐世保海軍工廠 川棚魚雷遠距離発射場 射場 (1)
全景

佐世保海軍工廠 川棚魚雷遠距離発射場 射場 (2)
射場に向かう突堤

佐世保海軍工廠 川棚魚雷遠距離発射場 射場 (3)
突堤の付け根を見る。魚雷を運ぶトロッコのレールがあったが現在は外され、レール痕が分かる。

佐世保海軍工廠 川棚魚雷遠距離発射場 射場 (8)
突堤の途中にある魚雷用ダビットの基礎

佐世保海軍工廠 川棚魚雷遠距離発射場 射場 (7)
L型の突堤の先端には塔がある。

佐世保海軍工廠 川棚魚雷遠距離発射場 射場 (4)
塔のアップ
ここで、各部との連絡、試験の指揮調整、魚雷の直進性の観測などを行っていたと思われる。

佐世保海軍工廠 川棚魚雷遠距離発射場 射場 (5)
内部の様子。レンガ造りであることが分かる。

佐世保海軍工廠 川棚魚雷遠距離発射場 射場 (9)
突端真ん中にある穴から魚雷を降下させた。実はこの穴の左右に塔が建っていたが、劣化により写真右側(西側)の塔は崩壊した。

佐世保海軍工廠 川棚魚雷遠距離発射場 射場 (6)
西側突端には、塔の一部が残っている。形状から天井部分と思われる。

佐世保海軍工廠 川棚魚雷遠距離発射場 射場 (11)
塔の東側を見る。

佐世保海軍工廠 川棚魚雷遠距離発射場 射場 (12)
前方を見る。

佐世保海軍工廠 川棚魚雷遠距離発射場

長崎県東彼杵郡川棚町には佐世保海軍工廠川棚魚雷遠距離発射場があった。
大正7年、片島に魚形水雷発射試験場 が設置された。ここで発射した魚雷の進行状況を頂上の観測所から観測し性能試験を行った。この地に観測所が置かれたのは、佐世保に近く、海が穏やかだったからだろう。
昭和17年川棚に分廠が設置されたことに伴い、魚雷発射場の 施設がさらに拡張され、その際に埋め立てられて陸続きとなった。
川棚の海軍工廠で作った魚雷をここで試験した的な記述も見かけるが、発射場が先に造られている。
この施設であるが、いつもお世話になっている大日本者神國也さんは、佐世保海軍工廠 川棚魚雷遠距離発射場が正式名称であり、いい加減な呼び名が氾濫していると憤慨されている。
さて、この発射場であるが車以外のアクセスは大変である。

川棚その1 (1)
遠方から射場が見えるが、こちらからは行くことが出来ないのでご注意を。

川棚その1 (2)
射場のアップ

川棚その1 (3)
付近で見付けたコンクリート製の何か。遺構ではない可能性もある。

川棚その1 (4)
コンクリート敷 こちらも確証は無いが、材質などから当時の物では?と感じた。

川棚その1 (5)
立て看板には、魚雷組み立て工場と書かれている。(大日本者神國也さんには、隧道格納庫と書かれている。)

川棚その1 (6)
内部は崩落しているが、元々は貫通していたようで、長さ100m、高さ3.5m、3mである。(立て看板から)

川棚その1 (7)
貯水槽

川棚その1 (8)
内部の様子

佐世保海軍工廠 川棚魚雷遠距離発射場への入り口はこちら

佐世保鎮守府武庫倉庫群

海上自衛隊佐世保造修補給所の立神西倉庫一帯には、鎮守府第一期工事の際に中央の兵器廠で製造した兵器類を受領・保管する「武庫」が置かれた。この地域には明治21年完成の弾庫、小銃庫から大正2年完成の弾丸庫まで、9棟の煉瓦造倉庫が残されており、大砲などの兵器類を保管していた。 (案内板より抜粋)
この倉庫群であるが、佐世保市役所HPに倣って、佐世保鎮守府武庫倉庫群とした。

忠告:同好の士が隣接する米軍基地内のレンガ倉庫をフェンス越しに撮影していたところ、米軍のSPに連行され取り調べを受けたそうなので、米軍基地内の撮影は止めた方が身のためである!

佐世保鎮守府武庫倉庫群 (1)
佐世保鎮守府武庫倉庫群の全景(でもないけど)

佐世保鎮守府武庫倉庫群 (2)
武庫弾庫 レンガ造2階建 明治21年建築 佐世保鎮守府が開庁と同時期に建てられた物である。

佐世保鎮守府武庫倉庫群 (10)
武庫弾庫の全景

佐世保鎮守府武庫倉庫群 (3)
武庫弾庫の東には、武庫小銃庫 レンガ造2階建 明治21年建築(写真、右手前)が、向うには水雷庫魚形水雷庫  レンガ造2階建 明治29年建築がある。  

佐世保鎮守府武庫倉庫群 (8)
武庫弾丸庫 レンガ造2階建 明治36年建築

佐世保鎮守府武庫倉庫群 (9)
武庫弾丸庫の全景

佐世保鎮守府武庫倉庫群 (6)
海軍工廠第3弾丸庫 鉄骨レンガ造2階建 大正2年建築

佐世保鎮守府武庫倉庫群 (7)
海軍工廠第3弾丸庫の全景

佐世保鎮守府武庫倉庫群 (4)
海軍工廠大砲庫 鉄筋レンガ造2階建 明治43年建築

佐世保鎮守府武庫倉庫群 (5)
海軍工廠大砲庫の隣には、武庫大砲庫 レンガ造2階建 明治33年建築
更にその向うには、武庫預兵器庫 レンガ造2階建 明治32年建築 隣には武庫予備艦兵器庫が明治36年に増築された。

しかし、ここでなんと、まさかのデジカメのバッテリー切れ!!!
ジ・エンド・・・
前日、充電したんだけどなぁ~ 何か間違ったんだろうなぁ~


佐世保鎮守府武庫倉庫群の場所はこちら
プロフィール

神崎 伸介

Author:神崎 伸介
酒とナマコ酢と、焼き魚(特に、タチウオ、エボダイ、ニシン)をこよなく愛し、日々全国の旧軍遺構を訪ね歩く自他共に認める、正統派の変人です。


紹介する遺構の説明は正確を心がけてますが、間違いや情報があれば、是非とも教えてください。
また、ここで紹介する遺構は訪ねてから紹介するまでに、時間が経っている物も有り、必ずしも現状で無い場合がありますのでご注意ください。
本ブログに掲載されている写真の無断使用は禁止します。

Twitter始めました。@Kanreport0726

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