本部町に残る監視哨

本部町にある、特別養護老人ホーム本部園の敷地内には監視哨の建物が残っている。
これも沖縄に11カ所設置された防空監視哨のうちの1つである。

本部監視哨 (1)
監視哨の全景 説明板を読むことはできなかったが、とりさんのブログ「空港探索・2」を見ると、「敵の飛行機や潜水艦などの来襲を監視」と書かれているようなので、ここでも防空監視哨ではなく監視哨とした。 

 本部監視哨 (2)
別角度から見る。以前は休憩所として使われていたが、現在は鍵が掛かっており、普段は立ち入り禁止となっていて、近づけない。監視哨自体の状態は良さそうである。
見学に際して、無断での立ち入りは絶対に止めてもらいたい。

特別養護老人ホーム本部園の場所はこちら
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与那城防空監視哨

うるま市与那城には防空監視哨が残っている。これは沖縄に11か所設置されたうちの一つであり、昭和19年10月10日の空襲時、最初に敵機を発見し県知事から感謝状が贈られている。
監視哨が設置されたのは昭和13年頃で、最初は雨戸を6枚建てただけの造りだったが、昭和18年に今のコンクリート造りに替えられた。(説明板から抜粋)
現在の監視哨の状態は悪く、早急に補修や保存措置を取らないと崩壊する可能性がある。

与那城監視哨 (1)
登り口には案内板があるので迷うことはないだろう。

与那城監視哨 (8)
説明板の脇道を上っていく。

与那城監視哨 (7)
上りきると監視哨がある。

与那城監視哨 (2)
反対側から見る。

与那城監視哨 (5)
内部の様子。天井を支えていたと思われる柱は上部のみを残して無くなっている。

与那城監視哨 (6)
入り口を見る。

与那城監視哨 (4)
監視窓から見える風景

与那城監視哨 (3)
機銃掃射だろうか?無数の弾痕が残る。

与那城防空監視哨への入り口はこちら

八重瀬町安里の高射砲

以前、「教えてください」と題してブログを公開したことがある。
それと思われる高射砲が、陸上自衛隊南与座分屯地正門近くに移設されている。

八重瀬町高射砲 (4)
独立高射砲第27大隊戦没者名碑、観音像と共に置かれており、独立高射砲第27大隊戦の備砲だと思われるが、詳細は不明

八重瀬町高射砲 (1)
見ての通り状態は極めて悪く、このまま朽ち果てる運命だろう・・・

八重瀬町高射砲 (2)
高射砲はこの角度から見るのが一番だと思う。

八重瀬町高射砲 (3)
残念ながらこうなってしまっては、修復不可能であろう。

八重瀬町安里の高射砲はこちら

西原町中央公民館裏にひっそりと展示されている大砲

西原町中央公民館裏には大砲がひっそりと展示されている。
この大砲は、96式15cm榴弾砲で平成16年12月西原町で発見された。町は、二度とあの忌まわしい戦争を起こしてはならないという誓いと、平和の尊さを実感し、更には平和教育の資料として役立つことを願い、終戦60年の節目にあたり、西原町立図書館の前に展示されていたが、町民からの猛反対に遭いこの場所に移設されたらしい。
この大砲が発見された時の記事はこちら

西原町大砲 (7)
西原町中央公民館正面左奥で展示されている。(許可をいただき、案内のもと立ち入ってます。)

西原町大砲 (1)
それは裏庭の隅にあった。

西原町大砲 (5)
斜め前方から見る。

西原町大砲 (2)
側方

西原町大砲 (6)
正面

西原町大砲 (3)
後方から。

西原町大砲 (4)
状態はあまり良くない。

西原町中央公民館裏にひっそりと展示されている大砲の場所はこちら

南城市の大砲と魚雷

今回の沖縄訪問にあたり、事前情報と違っていた(変わっていた)ものがあったので、まずはそれを紹介する。
以前、89式15cmカノン砲は南城市大里大里農村環境改善センター 内に、93式魚雷は南城市老人福祉センターに保存展示されていいたが、現在は糸数壕近くの南部観光総合案内センター前に移設されている。

糸数の大砲 (15)
全景

糸数の大砲 (1)
正面方向から見る。

糸数の大砲 (4)
89式15cmカノン砲
この砲は、陸軍独立重砲兵第100大隊が昭和20年3月、旧大里村に配置された時に配備されていた、2門の内の1門と思われ、
平成15年3月に発掘された。

糸数の大砲 (7)
右斜め後方から見る。

糸数の大砲 (2)
こちらは、ほぼ真後ろから。
さて、この大砲だが土に埋まっていて空気から遮断されていたからだろうか、状態は良い。

糸数の大砲 (3)
正横から見る。

糸数の大砲 (5)
砲架車と思われる。詳細は不明だが一緒に発掘されたのか?

糸数の大砲 (6)
反対側から見る。

糸数の大砲 (8)
さらに小型の大砲もあるが、これについては説明なし。

糸数の大砲 (9)
調べると、94式37mm速射砲らしいが、どんな由来があるかは分からない・・・

糸数の大砲 (10)
砲架車と共に正横から見る。

糸数の大砲 (11)
こちらも状態は良い。

糸数の大砲 (12)
93式魚雷 平成3年5月、佐敷字津波古で8発同時に見つかったが、炸薬部と信管は無かったので引き上げられ、1発は旧佐敷町が、2発は沖縄県が引き取った。

糸数の大砲 (14)
これも状態は良い。

糸数の大砲 (13)
機関部の形状がよく分かる。
希少資料艦艇研究所所長のGO氏より、93式酸素魚雷は並列二気筒ピストン機関だが、展示魚雷は星形機関であるため、93式魚雷ではないとのご指摘をいただきました

南部観光総合案内センター前の大砲と魚雷の場所はこちら
プロフィール

神崎 伸介

Author:神崎 伸介
酒とナマコ酢と、セロリをこよなく愛し、日々全国の旧軍遺構を訪ね歩く異様に静電気を恐れる正統派変人です。

紹介する遺構の説明は正確を心がけてますが、間違いや情報があれば、是非とも教えてください。
また、ここで紹介する遺構は訪ねてから紹介するまでに、時間が経っている物も有り、必ずしも現状で無い場合がありますのでご注意ください。
本ブログに掲載されている写真の無断使用は禁止します。

Twitter始めました。@Kanreport0726

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