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大津島回天基地 その3

回天発射場(元々は魚雷発射場)と整備場はトンネルで繋がっていて、トロッコに載せて移動させていた。

大津島その3トンネルの入り口

大津島その3 (3)内部の様子。トロッコのレールを埋めた跡が判る。

大津島その3 (7)途中に出入り口があり、戦争末期は対空指揮所になっていた様だ。

大津島その3 (5)ここから見た、発射場

大津島その3 (6)トンネル内には一部広くなっている場所があり、ここでトロッコをすれ違わせた。

大津島その3 (8)ここには当時の写真が展示してある。

大津島その3 (9)トンネルの出口

大津島その3 (10)トンネル出口から見た発射場

大津島その3 (4)発射場のアップ。

大津島その3 (2)正面から見る。

大津島その3 (12)以前は、中央にあるこの穴から酸素魚雷を海面に降ろしていたが、酸素魚雷を改造した回天は、ここからは降ろせず、別のクレーンを使って海面に降ろした。

大津島その3 (11)クレーンは残っていないが、基礎が残っている。

多くの若者がこの地で訓練し、ここから出撃、祖国のために命を捧げたことを忘れてはならない。

遥かなる 都の方を仰ぎ見て 堅く誓はん必殺の雷

海軍中尉(戦死後、少佐)勝山 淳 
多聞隊員として、昭和20年7月16日、伊号第53潜水艦で大津島を出撃
昭和20年7月24日沖縄にて駆逐艦に突入 享年20歳
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大津島回天基地 その2

回天記念館には、回天の部品が展示されている。
また、整備場から記念館に向かう途中には、魚雷見張り所への登り口がある。

大津島 その2 (4)話が前後してしまうが、大津島に向かう徳島港のフェリー乗り場付近には、映画「出口の無い海」で使われた、回天のレプリカが置いてある。

大津島 その2 (6)回天記念館前にある回天。こちらもレプリカである。

大津島 その2 (8)こちらは、実物の尾部

大津島 その2 (7)もう1つ、尾部がある。

大津島 その2 (9)館内に展示されている潜望鏡と

大津島 その2 (10)ハッチ

大津島 その2 (2)魚雷見張所 これは魚雷発射試験場が出来た際に、建てられた物である。

大津島 その2 (3)内部がレンガで、モルタルを貼っているのが判る。

大津島 その2 (5)内部の様子

大津島 その2見張り所からの眺め。

大津島回天基地

先にも書いたように、大津島(おおづしま)は回天の島として有名であり、回天記念館も建てられている。
ただ、多くの文献やサイトで、大津島回天基地との記述を目にするが、当時の文書には「光突撃隊大津島分遣隊」や「光部隊大津島分遣隊」、「光嵐部隊大津島分遣隊」と書かれており、回天基地は戦後の呼び名であると思われる。
大津島には昭和12年に、93式酸素魚雷の発射試験場が作られた。(案内板が2つあり一方は12年と、もう一方には14年と書かれている。)それまでは呉で試験が行われていたが、遠距離射線を備えたこの発射場が完成してからは、ここで発射試験が行われた。
昭和19年9月に回天基地となり、訓練が開始された。
この地が回天基地に選ばれた理由は、回天は93式酸素魚雷を元に開発されており、93式酸素魚雷の整備施設があり、これが流用出来たからであろう。(案内板より一部抜粋、加筆)

大津島回天その1 (9)大津島公園には、門柱が残っている。

大津島回天その1 (4)調整場のあった場所は、大津島中学校になっており、いくつかの遺構が残っている。
これは変電所。
(当日は夏休み期間であり、生徒がいなかったので、教職員の方に許可を頂き、立ち会いのもと撮影しています。)

大津島回天その1 (5)危険物貯蔵庫

大津島回天その1 (6)点火試験場

大津島回天その1 (3)大津島中学校の周りには、当時の塀が残る。

大津島回天その1塀を外側から見る。

大津島回天その1 (7)点火試験場の奥には、兵舎に向かう階段がある。

大津島回天その1 (2)上から見る。この階段は訓練にも活用され、「地獄の階段」と言われていたらしい。

大津島回天その1 (8)すべり。補修されているが当時からの物だろう。
これは当時の物ではないとの、ご指摘をいただきました。

大津島回天その1 (10)フェリー乗り場の向かいには、航空機搭乗員待機所が残っているが、今は何が何だか状態である。
冬場なら、見えるかもしれない?

大津島高角砲台3 砲座

指揮所から更に登ると、砲座がある。
この砲台は、12.7cm連装高角砲が3基と、13mm単装機銃が装備されていたらしいが、確認できるのは3つの砲座である。
砲座はコンクリート製で(フェリー待合所の人の話では、レンガで出来ているらしい)、状態は悪くない。また、今は通れないが、指揮所と各砲座は地下通路で通じているとの事である。

大津島砲座1つ目の砲座。かなり埋まってしまっているが、掘り起こせば、状態は悪くないだろう。

大津島砲座 (5)砲座へ降りる階段。他の砲座は立ち入り禁止の看板が有ったが、この砲座には無かった。
この砲座だけは大丈夫なのか?それとも、看板が無くなっているだけなのか?

大津島砲座 (7)これが地下通路の出入り口?

大津島砲座 (6)砲座への出入り口なのか?

大津島砲座 (3)砲床、冬場なら形状が確認できるかも?

大津島砲座 (2)2つ目の砲座

大津島砲座 (4)3つ目の砲座

大津島高角砲台2 指揮所

大津島高角砲台1 (6)兵舎跡から先は舗装されていない道が続く。道は所々、掘り返されておりイノシシがいる様だ。(後から聞いたら、島内でよく見かけるとの事・・・)

大津島高角砲台2 (6)登る事数分で指揮所に着く。これも、案内板があるので迷う事はないだろう。

大津島高角砲台2 (2)
指揮所には、一段高い塔がある。

大津島高角砲台2 (5)正面の入口

大津島高角砲台2 (4)
指揮所の一部がモルタル貼りだったのか、それとも剥がれただけか?

大津島高角砲台2 (3)内部の様子。

大津島高角砲台2正面を反対から見る。
車で送ってくれた待合所の方は、「この砲台を作る時、私は子供でレンガを何個か持って、何度も往復した。手伝うと、お駄賃がもらえたので、それで飴玉を買った。」と教えてくれた。
プロフィール

kan

Author:kan
酒とナマコ酢と、ミル貝刺をこよなく愛し、全国の旧軍遺構を訪ね歩く、自他共に認める正統派の変人です。
変人ですが、「変態!」と言われると烈火の如く怒ります。
腰はガラスの腰と言われ、定期的に壊れます!

紹介する遺構の説明は正確を心がけてますが、間違いや情報があれば、是非とも教えてください。
基本、酒を飲んでブログを書いてます。誤字や文章がおかしい時は、かなり酔っていると思ってください。
また、ここで紹介する遺構は訪ねてから紹介するまでに、時間が経っている物や、すでに消失している物も有り、必ずしも現状で無い場合がありますのでご注意ください。
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